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石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」

温暖化問題と切り離せない経済。「お金」と温暖化の関係を追う。

コンビニ深夜規制は地球に役立つ? 〜 ロンボルグの「地球と一緒に頭を冷やせ!」をクールに考える【後編】

2008年7月24日

(これまでの 石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」はこちら

■混乱する議論を「お金」から見直す

「お金」の観点から、温暖化問題の対応を検討する──。ロンボルグ氏の主張はこう要約できるでしょう。これまで「地球を救え」という感情論が先行するばかりで、コストを考えるという当たり前の議論が世界でも日本でも行われませんでした。

一つの例を示しましょう。上田清司埼玉県知事は、夜のエネルギーの使いすぎを批判したうえで、「温暖化対策という切り口で考えてみてはどうだろうか」と、コンビニエンスストアの深夜営業の規制を呼びかけます(注1)。こうした議論に、ファミリーマートの上田準二社長は「魔女狩り的だ」と反発し、コンビニが悪者にされることへの懸念を表明しました(注2)。

両方の意見は、どちらも正しいのです。つまりそれぞれの価値観に基づいて、論理が完結しています。相互にかみあっていない議論を同じ土俵に乗せるには、共通の価値尺度である「お金」を軸にすればいいでしょう。

ロンボルグ氏の「10の質問」に基づいて、「お金」からこの問題を見直します。

東京の住宅地でコンビニを経営する人の話を聞いたことがあります。コンビニは大半がフランチャイズによって、独立した企業により経営されています。その人の店は1日の店舗売上高は100万円と「業界では中の上ぐらい」で、エネルギー使用の大半を占める電気代は月100万円、一日換算で3〜4万円ほどだそうです。

コンビニの売上高は、場所やオーナーの経営手法によって異なります。ですが、この例を考えれば営業規制で失われるコンビニの利益は、エネルギーの削減で得られる社会的利益よりも、大きくなりそうです。規制で1日数万円程度にしかならない深夜営業分のエネルギー消費が減るだけですから。またCO2排出権は1トン当たり4000円前後で流通しています。それを買ってオフセット(相殺)をすれば「地球に負担を与えていない」と、弁解できます。

社長の上田さんは「魔女狩り」と怒らないで、知事の上田さんに「10の質問」に基づく議論を挑めば「勝てる」のではないでしょうか。ただ数字を示しても流行する「エコが大切」という感情論に、押し切られてしまうかもしれませんが……。

■「ロンボルグ式」議論で分からないこと

しかし、こうしたお金で考える「ロンボルグ式」の議論には問題があります。

その1・試算は前提次第で大きく変わる

前述のコンビニ深夜営業の例を考えてみましょう。1CO2トンの価格が3000〜4000円というのは、京都議定書上のCDM、つまり経費の安い発展途上国で温室効果ガスを削減することによって計算されたものです。しかし、日本国内で温室効果ガスを削減すると、1CO2トン当たり4万円(400ドル、アメリカはエネルギー効率が悪いので200ドル)という試算があります。4000円と4万円で影響を試算した結果は全く違います。

ロンボルグ氏の本では、試算を試算で批判するという形をとります。そうした議論の手法に私は「無意味さ」「空疎さ」を感じます。試算はあくまで試算。温暖化は机の上でなく、今起こっている現実で、誰も未来に起こるリスクは分かりません。この本に対して、「電卓をたたいている間に地球が壊れたらどうするのか」という批判が欧米の雑誌に出ていました。同じ感想を抱きます。

その2・議論の矮小化

ロンボルグ氏は、温暖化防止を訴えるアメリカの前副大統領のゴア氏や「環境保護派」を批判します。ですがそれは、細部に陥っています。

例えば、シロクマが温暖化によって生息数が減少して、その保護が叫ばれます。しかし、「増加している個体群もあった」とロンボルグ氏は指摘します。

ゴア氏は自分の出演する映画『不都合な真実』で、ヒマラヤの氷河が溶けアジアの10億人が水不足に陥る可能性があることを指摘します。ロンボルグ氏は、カラコルム山系で氷が増え、「フンザ川とショク川の水量が変わっている」と批判します。

シロクマのどの個体群が増えたのか、フンザ川とショク川がどこにあるか、私は調べる気もおきません。瑣末な議論より、「温暖化が進んで地球環境がおかしくなっている」という大きなメッセージをとらえた上で、私たちがするべきことはたくさんあります。

その3・お金で判断できない問題をどう評価するのか

「京都議定書はコストと比べると、効果がまったくない」。ロンボルグ氏はこのように批判します。その問題意識には共感する点もありますが、京都議定書によって世界が一つの方向に動き始めた事実がありました。一言で言えば「PR効果」があったのです。

コンビニの深夜規制の問題で言えば、上田埼玉県知事が指摘したエネルギーの浪費という問題は、「コンビニが損する」というだけで解決できません。

その4・世界はそれほど愚かではない

ロンボルグ氏は再生可能エネルギーの投資が「クールな解決策」なのに、それが行われていないと指摘します。

ニュー・エナジー・ファイナンス(イギリス)という会社の調査によれば、化石燃料を使わない再生可能エネルギーの新規開発プロジェクトへの投資額は、2007年の推定で1100億ドルとなりました。2006年の709億ドルから約5割の増加、2004年の275億ドルから比べても4倍と、大変な勢いで拡大しています。

以前にもこのコラムで言及したように、世界には技術を中心にした取り決めがあります(APP:クリーン開発と気候に関するアジア太平洋パートナーシップなど)。

また、ロンボルグ氏は、技術などの国際協力を「京都議定書は決めていない」としています。ですが、議定書第2条は技術を含めた国際協力に言及しており、またその根拠条約である「気候変動枠組条約」は世界が一致して気候変動の対策に動くことを求めています。ロンボルグ氏はこうした世界の動きを知らない、もしくは評価していないようですし、彼が言うほど世界は愚かではありません。

* * * * *

「お金」ばかりを重視する議論は、結局、「行動をしない」ことの理由付けになる可能性があります。

大切なのはバランス感覚です。そして、私たちは温暖化を止めることで、自分たち、そして次の世代のリスクを減らすという大目的があります。

お金のことを考えながら、お金だけで解決できない問題も配慮する。これが「クール」(賢い)な発想です。

【注1】温暖化対策と深夜営業に思う 埼玉県知事上田清司(産経新聞寄稿)
【注2】24時間営業の自粛は魔女狩り的—ファミマ社長(朝日新聞)

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プロフィール

石井孝明(いしい・たかあき)

経済・環境ジャーナリスト。1971年生まれ。時事通信社、経済誌フィナンシャル ジャパンの記者を経てフリーランス。著書に『京都議定書は実現できるのか〜CO2規制社会のゆくえ』など。ご意見・ご感想はこちらまで。