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石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」

温暖化問題と切り離せない経済。「お金」と温暖化の関係を追う。

日本製「クールアース」に期待する ~ セクター別アプローチの推進を

2008年6月26日

(これまでの 石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」はこちら

■国際会議に向けられる批判

「大統領が出席するとマヌケで過激な周りにたむろする4~5万人の人々に世界の注目が集まります。だから出席しないことに感謝しています」---(注1)。

この挑発的な言葉は、2001年のヨハネスブルグサミット(持続可能な開発に関する国連首脳会議)にブッシュ大統領が欠席したときの、アメリカの保守系シンクタンクの研究員のコメントです。「環境会議はどれもまるで『サーカスの巡業』。世界の左寄りの人、すなわち経済発展に反対し、進歩に反対し、グローバル化に反対し、貿易に反対する人たちにそう扱われています」と続きます。

「アメリカらしい独善性」を感じさせる発言に不快感を覚えますが、環境・温暖化をめぐる国際交渉に「このままでいいのか」という同じ問題意識を私は持ってきました。それに参加するのは各国の政治家と行政官で、さらに本会議ではNGO(Non-Governmental Organizations:非政府組織)が会議場の周辺に集まります。そこでは、メディアの注目を集めるための過激なパフォーマンスや、最近流行の「反米」「反グローバリズム」という主張も目立ちます。

国連の環境会議ではNGOに会議の出席も認めています。そして影響力の小さな国も含めて参加国は平等に一票ずつ投票権を持ちます。「船頭多くして、船、山に登る」のことわざ通り、会議は紛糾します。アメリカの保守派が嫌うであろう姿になっているのです。


■実務家が参加しない国際交渉

「政治家・行政官が主導する」「NGOの圧力」「一国一票」という、温暖化交渉の特徴にはどんな問題があるのでしょうか。

NGOは民間団体にすぎず、各国の国民に交渉権限を与えられた人々ではありません。彼らの参加を促すことは別に「民主的」なことではありません。また、国連加盟国は192もあり、その合意による決定はどうともとれる「玉虫色」になりがちです。

そして外交官・行政官、さらにNGOは、温室効果ガスを削減する具体策を知りません。また各国の政治家はパフォーマンスに熱心で、注目を集める「数値目標」の主張に終始しがちです。

民間のビジネス界にいる実務家こそが解決策を知っていますが、その人々による「削減コスト」「実現可能性」などの冷静な議論はあまり行われないのです。現実に1997年に締結された京都議定書では問題が現れました。

この協定では、先進国が温室効果ガスを基準年(1990年)比で5%削減する目標を掲げました。しかし、そのための経費は1500億ドル(15兆円)に上るのに、温暖化を6年遅らせるにすぎないという試算があります。常識から考えれば「もっと賢いお金の使い方を決めればよかった・・・」と、誰もが思うでしょう。この削減目標に科学的根拠はなく、コストの分析も交渉でほとんど行われませんでした。

もちろん、こうした会議に参加する人々は「地球を救え」という善意を持っています。私はそれを大切に思いますが、現実から遊離した善意はときにおかしな結末を生みます。「地獄への道は善意の小石が敷き詰められている」という格言を聞いたことがあります・・・。


■解決策か?日本の「クールアース」

こうした温暖化交渉の問題点を是正するかもしれない「日本発」の動きがあります。今年2月に福田康夫首相が打ち出した、「クールアース推進構想」です(注2)。温暖化防止の国際的枠組みの考えで、「クール」は地球の冷却と、アニメや現代美術、伝統文化など日本が世界で「かっこいい(クール)」と受け止められていることをかけた、しゃれたネーミングです。

 1)2050年までに温室効果ガスを半減すること。
 2)そのための目標作りの中で「セクター別アプローチ」を活用すること。
 3)国際環境協力を行い、技術革新を実現すること。

以上の3点が柱になりますが、その「肝(きも)」は「セクター別アプローチ」です(注3)。これは鉄鋼や電力などの部門(セクター)ごとに、できる削減策を積み上げ、削減の目標を作ろうというものです。

「達成できるかどうか分からない数値目標を、国際交渉の場で上から決める」という京都議定書のようなアプローチではありません。「できることを官民協力して下から積み上げる」という方法です。

ここでは各国の企業、民間の技術者や研究者、市民が目標設定の討議に参加できます。また、先進国の産業界が主導して、意味あるルールを作り上げることができるでしょう。意味のある意見が反映される「民主的」な交渉になるでしょう。

さらに、日本の産業界にもメリットになります。得意とする省エネ技術を「クールアース」を通じて世界に広げれば、ビジネスチャンスにつなげることもできるのです。


■動き出したセクター別アプローチ

セクター別アプローチは既に形になっています。2005年から7カ国が参加して行われているアジア太平洋パートナーシップ(APP)という活動です。

ここでは鉄鋼、電力などのセクターごとに専門家が集い、官民共同で温室効果ガスの削減技術の洗い出し作業を進めています。APPには、京都議定書を離脱したアメリカ、削減義務を負わない中国、インドが入っています。新日鉄をはじめ、日本の産業界はこの取り組みに「手弁当」で協力しています。

温室効果ガスの削減は、化石燃料の消費抑制、つまり省エネに結びつきます。エネルギー価格が高騰しているため、APPの取り組みに各国はかなり積極的です。「得になる」ということに注目し、数値目標に熱心だったEU(ヨーロッパ連合)諸国も、APP方式に関心を示しています

京都議定書をめぐる国際体制は、数値目標を設定することで、世界を温室効果ガス削減に向けた一つの方向に動かしたという成果を生みました。しかし、その数値目標をめぐって、各国の対立が激化するというマイナス面も生じています。

「クールアース」は、数値目標を「できること」を洗いだして作り直します。そのために議定書の成果を受け継ぎながら、それで生じた問題を乗り越える方向に世界を動かす可能性があるのです。

もちろん「各国が受け入れるのか」「積み上げ方式での目標設定は煩雑になるのではないか」など、「クールアース」の広がりには、まだまだ解決しなければならない課題はあります。ですが、そのメリットの多さゆえに、ぜひ推進してほしい政策です。

日本は今年7月に開催される洞爺湖サミットの議長国です。「クールアース」を広げるため、オリンピックの標語ではありませんが、福田首相と日本代表団に「がんばれ! ニッポン!」と、心からエールを送りたいと思います。


【注1】「環業革命」(講談社、山根一真著)から引用。内容は一部要約しました。
【注2】「ダボス会議における福田総理大臣特別講演」。クールアース推進構想を説明しています。
【注3】より詳しくセクター別アプローチの内容を知りたい方のために、NHKの「視点・論点」で行われた東京大学の澤昭裕教授の解説を紹介します。

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プロフィール

石井孝明(いしい・たかあき)

経済・環境ジャーナリスト。1971年生まれ。時事通信社、経済誌フィナンシャル ジャパンの記者を経てフリーランス。著書に『京都議定書は実現できるのか〜CO2規制社会のゆくえ』など。ご意見・ご感想はこちらまで。