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石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」

温暖化問題と切り離せない経済。「お金」と温暖化の関係を追う。

「納得」できるカーボンオフセットを探そう【前編】 〜 手軽さは魅力だけれど…

2008年7月31日

(これまでの 石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」はこちら

自らの活動で排出した二酸化炭素(CO2)を排出権の購入などで差し引きゼロにする取り組み「カーボンオフセット」をご存知ですか。

手軽にCO2排出量を減らせる手段として注目され始め、ビジネスへの応用も始まりました。ですが、自力での排出削減に知恵を絞ることなく、安易に利用されているのではないかとの指摘も聞かれます。

新しい仕組みを正しい形で社会に定着させ、本当にCO2の削減につなげるには、何が必要なのでしょうか。

「手軽さ」「クール」というメリット

「負担とならずに自分たちの取り組みが地球環境に役立つ。手軽でクール(かっこいい)。そんなイメージを持てる仕組みでした」。カーボンオフセットを行った東京のあるITコンサルティング企業の取締役は話します。

この会社ではオフィスでの電気、ガス、水道の使用量を計算して、2008年2月から排出の見込まれるCO2の1年分の12・3トンを約6万円でオフセットしました。年間電気代の約1割程度の手ごろな値段だったといいます。

「『地球にいいことをしている』という気持ちよさが働く人に好評です」(同取締役)。この会社の取引先にはエコビジネスを行う企業も多いそうです。自社のイメージの向上、また顧客との関係への配慮など、さまざまな狙いも重ね、オフセットを行いました。「さまざまな効果を上手に活用すれば、カーボンオフセットが魅力的なビジネスになるのではないでしょうか」と、この取締役はユーザーの立場から、その将来を期待しています。

カーボンオフセットをめぐり、さまざまな動きが私たちの身の回りに起こっています。日本郵政公社は2008年用にオフセット付き年賀はがきを発売しました。流通大手のイオングループが、一部の商品のオフセットを検討するなど、ビジネスへの応用も始まっています。

この考えはイギリスで生まれたようです。飛行機の移動は大量のCO2を発生しますが英国航空はオフセットのサービスを行っています。また政府は公務員の出張を可能な限りオフセットするなど、同国ではさまざまな場所で具体化しています。

カーボンオフセットとは何か?

カーボンオフセットとは何でしょうか。

「ある行動とは別の活動によって、ある行動の排出量と同量のCO2の発生量を減らすこと」、という定義がありました(注1)。

CO2は石油などの化石燃料を使うことで排出されます。生活でも経済活動でも、その使用をゼロにすることはできませんが、CO2の排出は地球環境の負荷になります。そこでカーボンオフセットが利用されるわけです。

CO2を算出できるホームページがネット上にたくさんありますが、その中で計算方法が示され、使いやすかった「PEARカーボンオフセット」という会社のホームページで、どの程度のお金が必要か実際に計算してみましょう(注2)。

飛行機による移動を考えます。成田空港からアメリカのワシントンDCまで、エコノミークラスに搭乗した場合には片道6750マイルの飛行が必要となり、CO2は1939キログラム排出します。オフセットの参考金額は、1万180円となります(注3)。

ちなみに夏場の格安航空券で成田—ワシントン間は燃料費込みで片道1300ドル前後(約13万5000円、条件つき)、ANAの往復正規料金で63万5000円(平日、現在追加されている燃料費は別)になります。オフセットの金額を高いと見るか、安いと見るかは人によって異なるでしょうが、私は1割程度の追加負担は「許容できるのではないか」と個人的に思います。

植林から50年間成長した森を考えると、杉1本あたり年間約14キログラムの二酸化炭素を吸収するという計算があります(注4)。成田−ワシントン間の飛行で排出されるCO2をオフセットするには、年間約140本分の杉が必要です。これだけの木を植え、育てることなど、普通の人には不可能です。

だからこそ、カーボンオフセットが必要になります。オフセットをしたIT企業で聞いた「手軽さ」「クール」という言葉は、まさにこの仕組みの特徴でした。

「アングロ・サクソン」的な仕組みへの戸惑い

私はカーボンオフセットが社会の中で、大きな役割を果たす仕組みとなることを願っています。私は今、環境問題の本を2冊執筆していますが、これらをオフセットする予定です。私たちは生きていく限り、CO2を排出しないで生活することはできません。自分の行動の「後始末」をする手段であることを評価するためです。

また、一人の努力では、そして口先だけでは、温暖化問題を解決することはできません。お金を媒介にした共同の作業であるカーボンオフセットによって、実際にCO2の削減が進むことを期待しています。この仕組みによって資金の流れができて、CO2削減の具体的取り組みが、うながされる可能性があるのです。

しかしこの仕組みには、同時に戸惑いも感じています。「アングロ・サクソン」的な印象を受けるためです。

カーボンオフセットは、ビジネスがなければ機能しません。その構造は、他人が作った排出権を取引して利ザヤを稼ぐものです。そこでは実際にCO2を削減したのかどうか、はっきりと目には見えません。

世界経済の混乱を引き起こしているサブプライムローン(アメリカの信用度の低い不動産債権)がその代表例ですが、米英両国では不動産など権利を証券化して売買することが、ここ20年金融界で流行しました。そして両国は19世紀から現在まで「仕組み作り」と「金融」の力で、世界の覇権を握ってきました。

カーボンオフセットは「金融アタマ」を持つ、米英のエリートが考え出した仕組み──。こうした印象を受けるために、両国を主導する人種グループを指す「アングロ・サクソン」という言葉を使いました。

私たち日本人は課題を与えられると、「仕組みづくり」ではなく、問題に正面からぶつかる傾向があります。CO2の削減でも「どうすれば減らせるのか」とまず考え、太陽光発電など技術やモノ作りで、問題を解決しようとしてきました。

「まず温室効果ガスの削減努力をしなければならない」。こうした日本的な感覚を持つ私は、カーボンオフセットに対して「ひっかかり」も持つのです。「目に見えないではないか」というお金を出す側への説明責任の点、さらに「本当にCO2は減るのか」という効果の点で、不安を感じます。

この戸惑いを、どのように解決すればいいのでしょうか。

【後編に続く】

【注1】【注4】「カーボンオフセットは英国が発明した新ビジネス」安井至国連大学副学長のコラムから、カーボンオフセットの定義と杉の吸収量を引用しました。

【注2】CO2排出量が計算できる「PEARカーボンオフセット」のホームページ

【注3】参考価格で、同社が取引で適用する価格ではありません。

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プロフィール

石井孝明(いしい・たかあき)

経済・環境ジャーナリスト。1971年生まれ。時事通信社、経済誌フィナンシャル ジャパンの記者を経てフリーランス。著書に『京都議定書は実現できるのか〜CO2規制社会のゆくえ』など。ご意見・ご感想はこちらまで。