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石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」

温暖化問題と切り離せない経済。「お金」と温暖化の関係を追う。

「あいまいさ」は日本にお得? ~ 洞爺湖サミットから始まった変化

2008年7月17日

(これまでの 石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」はこちら

今回は7月7日から9日まで行われた洞爺湖サミットの意義を、温暖化問題から考えます。

■「一歩前進」の評価をどうする?

洞爺湖サミットの温暖化問題をめぐる合意のポイントは3つです
1)「あいまいさ」を残した温室効果ガスの削減数値目標を合意した。
2)ガス削減の具体策が言及された。
3)新興経済国との対話が始まった。

第1のポイントでは、福田康夫首相が行った議長総括では「2050年までに温暖化ガス排出量を半減するビジョンを国連気候変動枠組み条約のすべての締結国と共有する」という削減数値目標での合意が示されました。(注1)

報道によれば、数値目標を嫌がるアメリカやロシアと、目標設定を求めるEU諸国との間で、事前折衝で激論が続きました。日本は双方の「調停役」として交渉に臨んだようです。その対立を考えれば、「ビジョンを共有」というあいまいな表現でなければ合意はまとまらなかったでしょう。

第2のポイントでは、数値目標や地球の危機への言及などの「理念」に傾いた過去のサミットと異なり、具体的な削減策が言及されました。

まず「セクター別アプローチは有用」という文言がサミットとMEM(後述)の共同宣言に入りました。これは政治家が国際交渉で削減数値目標を決めるのではなく、民間の専門家を交えて産業部門(セクター)ごとに具体的な削減策をすり合わせるというもので、日本政府が導入を主張してきました。またクリーン・テクノロジーの基金創設や、エネルギー源としての原子力の有効性も指摘されています。

第3のポイントでは、「エネルギー安全保障と気候変動に関する主要経済国首脳会合」(MEM)が同時に開かれ、中国やインドなどの新興経済国がG8諸国との対話を行いました。新興経済国は削減の目標の設定を拒絶したものの、対話が始まったことは評価されるべきでしょう。

2050年には開発途上国が世界の温室効果ガスの半分を排出されると予想されています。それなのに京都議定書に基づく今の温暖化防止の国際的枠組みでは、これらの国々は削減義務を負いません。その問題を是正するための取り組みです。

いずれも、これまでより「一歩前進」と評価できるものです。

■余計な約束をしなかったメリット

サミットの宣言の「あいまい」な数値目標は、国内では福田首相への批判材料となっています。ですが、この「あいまいさ」は今の温暖化問題をめぐる国際交渉の中では、日本にとって必要な態度でした。今は下手な約束をすると、後で損をしかねない微妙な時期であるためです。

「2050年までの半減」という目標は、今の技術ではかなり困難です。それなのに、EUはこの実現不可能な目標を掲げて、全世界を巻き込んで走り出そうとしています。

また、「ポスト京都」と呼ばれる国際的な枠組み作りの交渉が2009年末に合意することを目標に行われています。ここでは数値目標を主張するEUと、その他の国が対立しています。国際制度がどのような形になるのか、まったく見通せません。

そして、アメリカでは2009年にブッシュ政権から次の政権に移行します。新政権は温暖化対策をまとめるでしょうが、「アメリカ経済に不利になる国際制度を国連主導で作らせない」という現在の政策は続くはずです。

こうした情勢を考えると、国際体制は交渉決裂で作られない、もしくは京都議定書の国際体制のようにあまり効果のない体制が作られる可能性があります。

ここで「あいまい」な態度のままであることは、「日本の政策の自由度を確保した」という効果があると考えます。ただ、これが福田首相と日本の外交当局の意図した結果かどうかは分かりません。

そして「あいまい」さは日本の力にふさわしいことかもしれません。政治家の力を含めた日本の外交力を考えれば、国際制度を日本が主導して作るのは難しそうです。だとしたら、世界の流れに沿い、特にアメリカという大国に協力しながら、その上で自国に有利な主張を入れ込むのは、一つの戦略でしょう。

品のない言葉ですが、大国にくっつく「コバンザメ戦略」です。こうした醒めた見方は「日本が温暖化防止のリーダーシップを取れ」と、熱心に主張する方からお叱りを受けそうですが……。

■「具体的な削減策の検討」の流れを注視する

「日米の連携」は、一介の記者である私の勝手な想像ではありません。サミットの直前に、外務、経産、環境の各省幹部の話を聞く機会がありました。経産・外務の幹部は、「コバンザメ」とは言わなかったものの、京都議定書の問題点の是正を訴え、そして「アメリカの動きを考えるのは当然です」などと話していました。

アメリカ主導で行われているMEMの議論では、エネルギーの効率化の協力や、セクター別アプローチなどが検討されました。数値目標という、これまでの京都議定書の国際制度とは別の国際制度作りにアメリカは動きそうです。

こうしたことを考えると、洞爺湖サミットの宣言は次のような新しい動きのはじまりを示すものかもしれません。

1)アメリカとEUの間で、数値目標での交渉は難航する。そして、日本は今後アメリカと結びつきを強めそうだ。EU主導の国際体制が変わる可能性がある。

2)開発途上国の動向、特に中国・インドの存在感が増す。

3)具体的な削減策が今後は議論され、実施に向かって各国政府が動く。その結果、ビジネス界の問題解決への参加が一段と要請されるようになる。

これらの動きを頭の片隅に入れながら、温暖化をめぐる国際的交渉の流れを注視したいと思います。読者の皆さんも、念頭におかれてはいかがでしょうか。

サミットの盛り上がりを見ると、今後も温暖化は国際政治の中の熱いトピックであり続けそうです。そして国際政治の動きは、ジワリと私たちの生活に影響を与えるでしょう。

【注1】以下、サミット文章の出典は「北海道・洞爺湖サミット成果文章一覧」によります。

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プロフィール

石井孝明(いしい・たかあき)

経済・環境ジャーナリスト。1971年生まれ。時事通信社、経済誌フィナンシャル ジャパンの記者を経てフリーランス。著書に『京都議定書は実現できるのか〜CO2規制社会のゆくえ』など。ご意見・ご感想はこちらまで。