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飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」

気鋭の若手経済学者が、社会問題・経済問題を、Hacks的な手法を用いて、その解決策を探る。

数字・統計に明るいと何がいいのか

2008年2月17日

 入試のシーズンです。私の本務校はわりと早めの入試日程なので合否の判定も終了し、受験生のみなさんは様々な意味[*1]での「選択」を迫られていることと思います。「大学に入る方の話」と並行して、新4年生にとっては「大学卒業後の話」、要するに就職活動が本格化するシーズンでもあります。

 新入生に経済学部を選んだ理由を聞くと、消極的なものとしては文系だけど法学部や文学部といわれてもピンと来ないからといったいまいちやる気の感じられないもの[*2]、積極的なものとしては将来ビジネスマンになるから[*3]といったところのようです。一方、企業が経済学部出身者に望んでいるものはなんでしょう。その理由もまた消極的なものと積極的なものにわけられます。後者の代表が「数字・統計に慣れ親しんでいるから」というものです[*4]。

 そこで、経済学部出身者が本当に数字・統計に明るいかという問題がさておき、少々形而上学的な話……「数字・統計に明るい」ことはなんで「イイ!」のでしょう。

 思考は演繹と帰納に分類されます。

 演繹的な思考は、いくつかの前提から結論をつむぎ出す作業です。例えば、「飯田は東京に住んでいる」「東京は日本の一部だ」というふたつの前提から演繹的に導かれるのは「飯田は日本に住んでいる」という結論です。正しく使用された演繹的思考には論理的にアナがないので、前提さえ正しければかならず結論も正しいという性質があります(真理保存性)。でも、演繹思考の問題は

・前提さえ換えればどんな結論でも出せる

というところです。「飯田は東京に住んでいる」「東京はジンバブエの首都である」という前提から導かれる「飯田はジンバブエに住んでいる」という結論は「論理的には正しい」のです。

 なお、経済学は前提に依存した結論を使っているからダメだという人がいますが、論理的な思考はすべて前提に依存しています。前提に依存しない話は「思いつき」「感情論」の域を出ることはありません。しかし、前提次第でこうも結論が違うようでは使い物になりません。演繹法だけでモノの役に立つことはほとんどないのです。すると何か役に立つ思考をするためには、

・演繹法を帰納的に補強する
・緩やかな前提から導ける結論を捜す

必要があるということになります。

 前者こそが「数字・データに明るい」ことが役に立つルートということになります。帰納法は「多数のデータからその共通要因を探る」、ややゆるやかには「データの最大公約数的な性質を結論とする」という思考法です。帰納法の第一の使い道は正しい(または尤もらしい)前提を導く、ある前提が正しいかどうかを考えるというものになるでしょう。さらに、演繹的な思考法の妥当性を確かめるために「演繹的な結論そのものが妥当かどうかをたしかめる」、演繹法のきっかけをつかむために「正しそうな結論のとっかかりをつかむ」といった使い道もあります。

 論理的な思考は重要ですが、論理的なだけでは役に立たないことも多いでしょう。思考を支える基礎として、数字とデータに強いことが大切というわけです。

 論理的な思考をどのようにして「使える思考」にしていくか、その例は経済学、特に応用経済学や経済政策への経済学の適用にその典型例をみることができるでしょう。

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*1 複数の合格校・合格学部間の選択とか、もう一年がんばるかこの辺にしとくかとかね。余談ですが、学生に聞くと、僕らの頃に比べて浪人という選択肢を考慮しない人が増えているみたいですね。
*2 実をいうと僕もこれに近い部分がありまして……文科Ⅱ類を選んだ理由のひとつは家庭教師の近所のお兄さん(当時理Ⅰ)から「文Ⅱ生は楽すぎて不公平だ」「猫より暇な文科Ⅱ類」と聞かされて、すなお(?)にそんな素晴らしい学科があるなら是非行きたいと思ったためです。
*3 この理由だと「なんで商学部・経営学部じゃないんだ」と思うのですが、自分自身を振り返ってみても高校生にはあまり区別がついていないのでしょう。
*4 前者の代表は、協調性がある(裏を返せば主体性がない)というとこでしょうか。

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プロフィール

1975年生まれ。駒沢大学経済学部准教授。著書に『経済学思考の技術』『ダメな議論』、共著に『論争 日本の経済危機』『セミナール経済政策入門』などがある。

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