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飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」

気鋭の若手経済学者が、社会問題・経済問題を、Hacks的な手法を用いて、その解決策を探る。

最終回 経済学を勉強しよう!

2008年5月 7日

本連載は1年前に「経済学を道具として使う」ことを通じて経済学の魅力を伝えたいとの思いではじまりました.その試みが成功したかどうかはわかりませんが,今後も同じ問題意識に立って経済学の有用性を伝えて行けたらと考えています.

経済学の魅力を伝えたいという思いは,私自身が経済学を教えることを職業にしているから……だけではありません.私たちには経済学を学ぶべき理由が2つあります.ひとつは自分のため,もうひとつは(いくぶん大風呂敷ではありますが)社会のためです.

自分自身のために経済学を学ぶべき理由は,その論理構成の特徴にあります.連載当初に強調したように,経済学では問題を思考可能なレベルまで分解し,そのパート毎に答えを導き,しかるのちにパート間の関係を考えるという順に問題を処理していきます.

これは私たち自信が直面する問題を解決する際に大きな助けになる思考法です.「これから俺って何をすればいいんだろう」と自問自答することは少なくないのではないでしょうか.このような漠然とした問題に答えを出すためには漠然と思考してみても始まりません.比較的解答が容易なレベルに問題を分解し,解決・改善可能なモノからかたづけていく必要があります.経営の問題にしても,自信の営業成績についても分割思考は問題解決の大きなヒントを与えてくれるでしょう.

多くのビジネス書でもこれと同様の思考法を薦めています.しかし,今日仕入れたばかりのアイデア……しかも「考え方」という自分のコアに関わる部分の問題をすぐに使えるという人はまれでしょう.勉強法や思考術の本を読み,大いに納得したが実践は出来なかったという人は多いと思います(僕もその一人です).経済学を学び,経済学の標準的な公案(?)をこなしていくという作業は,それ自体の楽しさもさることながら,経済学的な思考法に慣れ,借り物ではない自分の思考のコアにしていくための良いトレーニングとなることでしょう.

第二の理由は経済学の普及はよりよい社会を作ると思うからです.このような経済学的な思考法[*1]の必要性が認識された社会では「議論の堂々巡り」を避けることが出来,より効率的な政策運営が……その結果としてより豊かな社会が生まれるのではないかと私は日々妄想しています.

経済政策論における出発点とも言える理論にティンバーゲンの定理とマンデルの定理があります.ティンバーゲンの定理は「政策目標と同じ数の政策手段が必要[*2]」,マンデルの定理は「ある問題の達成のためには,その達成に最も効率的な手段を割り当てるべきだ」というものです.これは経済学的な思考法をそのまま経済政策に当てはめた命題なのですが,この両定理の重要性が把握されただけでも,日本の政策論争はこれまでとは全く異なるものとなるでしょう.

筆者の力量では,読者の皆さんを経済学の魅力を提供し,さらに経済学思考のトレーニングを提供するというところまではとても及びませんでした.しかし,本連載がきっかけになって経済学を学んでみようか……という気になった人が一人でもいらっしゃったなら,私としてはこれ以上の喜びはありません.

一年間ありがとうございました.
そして,またどこかでお会いしましょう!


*1 経済学的思考法に従うことは,必ずしも,経済学の結論に従うことにはなりません.そのため(私には)提言したい政策がありますが,本連載では出来る限り政策提言や時論を避けて話を進めました.
*2 正確には「政策目標がn個存の達成にはn個の独立な政策手段が必要」.

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プロフィール

1975年生まれ。駒沢大学経済学部准教授。著書に『経済学思考の技術』『ダメな議論』、共著に『論争 日本の経済危機』『セミナール経済政策入門』などがある。

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