初期資産における機会の平等
2008年4月21日
前回は消費・貯蓄に関する代表的な仮説……王朝仮説とライフサイクル仮説を通じて機会の平等に関して考えてみました.
王朝仮説が正しいならば,現在の私たちは独立した個人ではなく「××一族」の歴史の中で今現在の行動決定権をゆだねられただけの代理人のような存在です.この時,意思決定の主体とは「××一族」なのですから,遺産の多寡も含めて「××一族」の自己責任問題ということになるでしょう.
その一方で,ライフサイクル仮説に従うと親からの遺産は「親の予想外の早逝」のおこぼれに過ぎません.ここでの経済主体は個人に他なりません.遺産や遺産を受ける可能性がある限り,初期資産が勝負を左右するルールのゲームに機会の平等はないということになります.
このように考えると,ライフサイクル的な家計が多いならば「相続は全面禁止!」という政策提言が導かれそうな気もします.しかし,この政策提言の前に立ちはだかるのが私有財産の絶対という近代社会の基本ルールです.仮に世の中の99%の世帯がライフサイクル仮説的な消費・貯蓄の選択を行っていたとしても! 1%の人はそうではないのです.子孫の幸福のために自分の消費を控え,遺産を残したいと考える自由意思を抑圧するのはちょっと根拠がないように感じられるでしょう.さらにはある個人が100%王朝仮説的であったり,100%ライフサイクル的であるということもなさそうです.
もちろん「多数決こそが民主主義だ!」という強硬意見もあるかも知れませんが,いかにライフサイクル的に行動している人であってもアンケートや投票によって「国に税金としてとられた方が子孫に残すよりもまし」との選択を行う人はいないのではないでしょうか.
では,初期資産の不平等に由来する勝敗確率の変化を是正するために政策は何が出来るでしょう.
第一に必要とされるのが王朝仮説的な遺産とライフサイクル的な遺産とが自ずから区別できるようなシステムの作成です.簡単に言うならば,王朝仮説にしたがって行動している人が遺産を残さないような制度が作成できるならば,死後の残存財産は全てライフサイクル的な遺産(?)です.このような遺産にはどんな高税率を掛けたとしても十分に根拠があるでしょう.
王朝仮説に従う人……つまりは子孫に財産を残したいと考えている人が遺産を残さないようなシステムなどあり得るのでしょうか.その一つの方法が贈与税減税です.生前に贈与した方が有利にもかかわらず死後にむけて財産を残しているのであれば,それはライフサイクル的な遺産ということです[*1].
第二の関門は,子孫に残すくらいならば自分で使おうと考えているが,国にとられるくらいならば子孫に残したい……いわば「自分>子孫>国」という優先順位の個人についてどう取り扱うかです.不慮の事故はいざ知らず,ある人は医者によって,ある人は自分の直観から死期がある程度前にわかるかもしれません.仮に相続税に比べて大幅に贈与税を安くしておくと,死期が迫ったとたんに本来長生きする自分のためにとっておいた資産を急ぎ子孫に贈与しようとするかも知れません.
このような末期贈与を王朝仮説に基づく贈与と区別する方法はないものでしょうか.そのための根本的な対策は「自分が特別に長生きしてしまうリスクに備えて多めに資産を積んでおく」という準備行動が行われないようにすることです.自分の所有する不動産を死後に譲渡することを条件に毎月の配当をうけとるというリバースモーケージの普及はライフサイクル家計が無駄に大きな資産準備を保有する動機を低下させます.また,もっと直接的に60歳,または65歳時点での一時金の納入による長生き逆保険なども有効でしょう.
これらの対策を経てもなお残る「遺産」はそのほとんどが(原理的には全てが)「間違えて使い終わらなかった」資産に他なりません.相続税は100%でもかまわないということになります.
自発的な子孫への贈与のみを認め,それ以外の遺産行動を禁止することで「100円ゲーム」における資産の平等の問題は解決されたと考える人は以上を持ってめでたし,めでたしということになります.
しかし,親の動機如何に関わらず親からの支援組はどうも有利でまだまだ「機会の平等」とは言えないような気がするという人も多いのではないでしょうか[*2].さらには,生まれつきの才能といった非金銭的な条件が異なることも「機会の平等」に反すると考える人もあるかも知れません.ここまで来ると「初期資産を平等にする」という意味での機会の平等はもはや達成不可能です.
不可能だからこれ以上語ってもしょうがない……とはならないところがこの問題の面白いところです.「初期資産を平等にする」ことが不可能でも,この100円ゲームにおける機会の平等(的な平等性)を維持する方法があるのです.
*1 なお,現在でも多くの資産額について贈与税は相続税よりも有利な子孫への資産分与方ですが……これを選択する日本の家計はそれほど多くはありません.これも日本の家計の貯蓄はライフサイクル的な特徴が強いとされる根拠にもなっています.
*2 僕もそう思います.
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飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」
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