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飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」

気鋭の若手経済学者が、社会問題・経済問題を、Hacks的な手法を用いて、その解決策を探る。

ゲームから降りる権利

2008年4月28日

ここ数回続けている100円取り合いゲームの特徴は,一回一回の勝負は公平に行われる一方で,繰り返しのプレイを考えたときに初期資産が勝負に大きく影響するというものでした.そして,初期資産の不平等の是正は達成困難なこともあります.

それでもなお,より多くの人が納得する機会の平等を維持するためには何が必要でしょう.

ここで,「この100円ゲームで機会の平等が達成されている」という主張の根拠のひとつに「自分の自由意思で参加しているのだから」「自分の意思で破産するまで続けたのだから」というものがあることを思い出しましょう.自分で勝手に参加したのだから自己責任だという考え方です.

この主張に従うと,「100円ゲームに強制参加させられている」ならば機会の平等は達成されていないということになるでしょう.

ここで仮想的なゲームから現実社会における競争に置き換えてみましょう.私たちは学校で,会社で,生活の中で競争にさらされながら生きています.その意味で,社会における競争にはじめから参加しないというわけには出来ません.

では,途中で競争をやめるという選択はどうでしょう.ただし,競争から降りることでとんでもない境遇に落ちてしまう(死んでしまう,被差別階級になる)場合は,事実上競争を辞めることが不可能なわけですから除外します.社会における競争からドロップアウトしても一定水準の暮らしが出来るならば初期資産や才能に起因する結果の不平等があってもなお,(弱い基準で)平等な社会が達成されると言えるのではないでしょうか.

ここにおいて,「平等と効率のトレードオフ」という古典的な問題にぶつかることになります.仮に競争から降りても,競争をした場合と同じ生活水準が維持できるなら好きこのんで競争に身を投じようという人は少ないでしょう.その結果,競争がもたらす効率の向上,さらには社会を変えていく力は弱まります.

社会における競争は「参加する人/しない人」のような二分法のみで分類できることではありません.社会には様々な競争が存在しています.そして,その競争の勝者には競争の果実が与えられることになるでしょう.個々の競争に参加することの予想満足度と参加しなかったときの満足度を適切な水準に調整するのも,また,競争が最も得意とすることです.競争を通じて,社会に(自分以外の人に)大きな恩恵をもたらす競争の予想リターンは高く,そうでないものは低くなるため競争参加のためのインセンティブ・スキームは自動的に適切な水準に調整されるのです.

このように考えると,機会の平等のために社会全体が取り組むべき問題は「あらゆる競争から降りた」時の生活水準が,「とんでもない境遇」ではない様に考慮することだと言うことになるでしょう.ただし,「あらゆる競争から降りた」状態は「全く働かない」状態でないことに注意が必要です.競争圧力にさらされることなく自分が出来る範囲のことを行っているのが「あらゆる競争から降りた状態」です.

現在の生活保護制度の問題は,「あらゆる競争から降りた状態」と「全く働かない状態」の区別なしに制度が設計されていることではないでしょうか.

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プロフィール

1975年生まれ。駒沢大学経済学部准教授。著書に『経済学思考の技術』『ダメな議論』、共著に『論争 日本の経済危機』『セミナール経済政策入門』などがある。

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