機会の平等ってそんな簡単な話じゃないんです
2008年3月28日
(これまでの 飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」はこちら。)
私がエッセイを書く中で繰り返し論じてきたのが,「経済学とは経済について考える学問」というよりも「経済学的思考を使って何かを考えることだ」という点です.その意味で,経済とはほとんど関係がないように感じてもレヴィットの『ヤバ経済い』(日本経済新聞社)や中島隆信先生の本[*1]は典型的な経済学の本です.最近では,大竹文雄編『こんなに使える経済学』(ちくま新書)などが「経済学的思考を使って何かを考えることが経済学だ」という点を前面に出した良書といってよいでしょう.
本連載もそろそろ終盤にさしかかりつつあります.
そこで,これからはこれまで紹介してきた経済学的な思考法……問題を適切に分割し,明確な定義の枠内で,個人のインセンティブを出発点とする思考法を杓子定規に用いてすこしまとまった問題を考えていきたいと思います.
その題材として最も人々の興味・関心の強い経済問題にもかかわらず,経済学がなかなかもって苦手とする問題……格差について考えてみましょう.本連載で繰り返し論じてきたように,経済学の基本テーゼは「競争はいい!」というものです.しかし,どうも競争は格差を生む原因になっていそうな気がする.そのため,どうも経済学と格差論は混じり合わないようなイメージがあります.
しかし,一見経済学となじまない問題についても……「経済学の結論」ではなく「経済学の思考法」によってより豊かな理解を目指すことは出来るんじゃないでしょうか.その実験として,これまでの主要結論である競争と格差について書き進めたいと思います.
世の中には様々な格差,そしてそれを論じる格差論が存在します.こんなに広範で曖昧な問題を「そのまま」の形で論じることは出来ません.まずは問題の分割からです.
格差に関して,多くの論者が用いる整理は「結果の平等と機会の平等」という二分法です.例えば所得に関して,実際の実現所得が小さい(大きい)ことが結果の平等(不平等)なのに対し,より多くの所得を稼ぐ機会が誰に対しても開かれている(いない)ならば機会の平等(不平等)というわけです.
先に結論から入ると,僕はこの分類は「間違いではないけど意味のない分類」だと考えています.というよりも,(経済学のコアである)自由や競争の意義を傷つけないためのちょっと短絡的な方便のような気さえする.
ちょっとした例から考えてみましょう.
一対一の賭,じゃんけんで負けたら,相手に100円払うというゲームについて考えます.じゃんけんそのものは公正で,支払いも約束通り履行されることがわかっているとしましょう.つまりは参加者双方にとって平等なルールで行われる賭というわけです.
人生のうちでたった一度だけこのゲームをプレイするという場合には,このゲームに機会の不平等はありません.あるのはゲームの勝敗が決まった後の結果の不平等だけです.
しかし,このゲームが1回限りではなく繰り返し行うことができるという場合には問題は変わってきます.この時,手持ちの金(またはその場で借り入れできる限度額)が多い人が勝つ可能性が高く,少ない人は負ける可能性が高くなります.
仮にAさんは100円しか持っていないのに対し,Bさんは300円もっているとしましょう.この時,Aさんは始めの1回で負けてしまえば破産し,これ以上ゲームにとどまることは出来ません……全財産である100円を取られてお終いです.1回勝ってはじめてAさんとBさんは五分の勝負になるわけですから,Aさんの勝利確率は1/4,Bさんのそれは3/4ということになります.ちなみに,このゲームでの勝利確率の比は当初の手持ち金額の比そのものになります.ひとつひとつのゲームに不平等がない一方で,ゲームが繰り返されたときにその勝敗を決めるのは初期条件である手持ち現金額なのです.
さて,このゲームでは機会の平等は保証されているのでしょうか? それともされていないのでしょうか?
ルール自体に歪みはない,少ない資金でこの種のゲームに参加したということは,それだけのリスクを引き受けるという自発的選択をしたのだからしょうがない,初期条件である資金を稼ぐのも競争のうちだ……など,このゲームにおける「機会の平等」を主張する論拠はたくさんあります.
その一方で,このゲームは「機会の不平等」であるという根拠も多い.例えば,何度か負けてもゲームにとどまり続けることができるという「オプション」があるだけで十分に価値があることでしょう.さらに初期資金もその人自身が稼いだものなのかわからない(親からの遺産かも知れない).
このゲームにおける機会の平等性を考えるためには「初期資金を決めるのは何か」という問題に退行する必要があるのです.
*1 『○○の経済学』(東洋経済新報社)シリーズなどが典型.もっと直接的には『これも経済学だ』(ちくま新書)など.
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飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」
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