競争という害悪!?
2007年11月 6日
(これまでの 飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」はこちら。)
誰もが自分自身の満足を最大にしようとして行動しています。こと企業に関しては、これは非常にクリアな行動方針といって良いでしょう。無数の企業がより多くの利潤を獲得しようとして行動する。そこで生じるのが競争です。今回は競争の恐ろしい性質について考えたいと思います。
■譲れないラインへの競争
製品を製造販売する企業について考えてみましょう。製品を1コ追加で製造するのに1万円かかるとします[*1]。経済学者風に言うとこの財の限界費用が1万円というわけ。ここで、この製品がせいぜい5000円でしか売れないとしたらどうでしょう。追加で1コつくるのに1万円かかるのに、それを販売しても5000円の収入しか得られない……こんな馬鹿な商売をやってはいられません。したがって、「最低1万円にならないなら作ってもしょうがない」または「1万円以上で売れるなら作るかどうかを検討する」という意味で、限界費用の1万円が一種の境界値になっています。逆に1万円以上で売れるならば利益が出る。
全ての企業が同様の費用条件にしたがっているとき、市場価格が2万円だったとしましょう。「譲れないライン」よりもずいぶん高値で取引されているわけですから、各企業はなんとか販売量を増やそうとします。売れれば売れるほど儲かるわけですからね。
さて、販売量を増やす最も単純(または安直)な方法はなんでしょう……そう!他社より安く売ればよいのです。かくして、一部企業の割引販売が始まります。すると、相変わらず2万円で販売している企業は顧客を失い、利益を減少させることになる。これは困りものです。すると、他社も追随して値下げする……というよりも値下げせざるを得なくなります。
この値下げ競争はどこまで続くでしょう。2万円が1万8000円になり、1万8000円が1万5000円になっても同上の論理が働き続けます。すると……最終的に値下げが止まるのは1個1万円のラインということになる。競争によって利益(正確には超過利潤)が消滅してしまったのです!
■競争という蟻地獄
超過リターンが消滅した状態では少しでも営業効率が低下したり、原材料の仕入れがうまくいかなかっただけで営業成績は赤字転落してしまうかも知れません。利潤消滅とはふがいない限り。赤字転落などもってのほかです。企業の目的は利潤最大化なのですから。
ここで、あなたがこのように競争によって利潤が消滅しつつある業界の経営責任者だったなら――どうしますか?ここで選択肢は「がんばる」と「あきらめる」です。後者を選んだ人は実はなかなかの経営センスの持ち主なのですが、今回は前者のケースを考えてみましょう。実際、企業の経営方針そのものを転換するほどの責任ある地位(と権力)を持っている人は稀ですから、たいていの場合は「がんばる」しかないわけです。
市場価格が1万円の状態で利潤を出すためにはどうするか。費用の方を抑えてやればよい。まずは経費を節減し、余剰人員のリストラを行う。また、設備投資や研究開発投資によって技術力を向上させなんとか「譲れないライン」そのものを下げていかなければなりません。追加8000円で生産が行えるようになれば、価格が1万円だったとしても利益を得ることが出来ます。
しかし、よ~~く考えてみてください。これって誰でも思いつく方法じゃないですか?同業他社も市場価格の切り下がりの中でなんとか益出しできるようにがんばっている。経費を切り詰め、技術を磨いているわけです。遅かれ早かれ他社も8000円で製造可能になり、値下げ合戦が再開されることになります。
このような値下げ合戦に対し……と書くのはもうしつこいですね。競争は競争を生む。かくしてあなたの会社は競争の蟻地獄に沈むことになります。競争が競争を生む業界に生きる企業は、不断の努力を永遠に続けなければならないのです。少しでも効率化・合理化に失敗すれば企業は生き残ることが出来ません。
競争はこれほどまでに悲惨な状況をもたらすのに……ほとんどの経済学者[*2]は競争を賛美し、小泉内閣では政治家までもが自由な競争の素晴らしさを吹聴していました。いったいぜんたい彼らは何を考えているんでしょう? ここに経済学と経営学の違いがあるのです。
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*1 粗利ではなく、売価から販売管理費・賃金・最低限の配当原資まで含んだ費用を引いたものと考えてください。
*2 マルクス経済学の人はどう考えているか知らないので除外します。また、「大学の経済学の先生」と「経済学者」は異なる概念なのでご注意下さい。
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飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」
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