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飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」

気鋭の若手経済学者が、社会問題・経済問題を、Hacks的な手法を用いて、その解決策を探る。

罠にはまるも一興、抜け出すのも一興

2007年10月15日

■荒野の暗闇で
あなたは身の回り数メートルを照らし出すに過ぎないランタンを持って、深夜の漠々たる荒野をさまよっています。朝には急に河川が増水し、小高い丘の上を除いて水没してしまう……くらいうちにあなたは「少しでも高いところ」に居所を定めておかなければなりません。どうしたらよいでしょう?
いまよりも少しでも高いところに行けばよい。ランタンが照らす範囲のなかで最も高いところに移動しましょう。そしてまた、ランタンの範囲で最も高いところを捜す。これを繰り返しているうちに「ランタンの照らす範囲」では現在位置よりも高いところは無いという状態になる。そこがローカルに「一番高いところ」です。
しかし、せっかくローカルな最大点は夜が明けてみると大した高みではないかも知れない。朝になって周りをはっきりと見渡すことができたならそこは周りよりはちょっとは高いと言うだけで水を防ぐのには全く役に立たない。結果あなたはおぼれ死んでしまうかも知れない。
この逸話を聞いて、ローカルな最大を探し求めることが無意味でちっぽけな話だ……と考えるのは安直でつまらないことではないでしょうか。
もちろん朝になって視界が広がれば、確実に水を防げる山の位置はわかる。でも、それでは間に合わないんです。そしてランタンの範囲を拡大する方法はいまのところありません。ならば!あなたが生き残る確率を最大にするにはローカルな最大化を実行するしかないのではないでしょうか。
ローカルな最大を目指す人が愚かなのは、グローバルな最大が見えているにもかかわらず、ローカルな最大にとどまりつづけている場合のみにおいてです。

■無限の視野にかわるもの
グローバルな最大を目指すために最も望ましいのは探索範囲を広げることです。ランタンの光を強くする、前回の例で言えば歩幅を大きくすること……もしも探索範囲が無限大ならば、当然グローバルな最大を目指すことができます。
「教養を身につけろ」とか「視野を広げろ」という話をみなさんも耳にたこが出るほど聞かされて来たと思います。その意味は、最大化のための探索範囲を拡大しろと言うことなのではないでしょうか。
しかし、視野を広げるというのはなかなかに難しい。こういうのはどうも個人的な資質なんかにも依存するでしょうから、訓練だけではどうにもならないことがありそうだ。そんなとき、もう一つの方法が初期値を変えてみることです。
荒野では現在の位置からワープして別の場所から最大値の探索を始めることは出来ませんが、私たちの日常生活やビジネスにおける選択についてはそれは難しいことではありません。
直観的に思い浮かんだパソコンからちょっとずつ「ずらし」て、ローカルの意味で最も良いパソコンを購入する。たたき台となるビジネスプランを「微調整」して、ローカルベストな企画案を導く。これらの行動によって、グローバルにはたいしたことのない、「最終案」に到達するのを防ぐためには、「ちょっとずらしてよりよいところへ」出発点となる「直観的に思い浮かんだパソコン」「たたき台」を思い切って変えてみることです。そして、ことなる初期値から出発しても結局はおなじ最終案に到達するのなら、それはかなりの広い範囲で最善の案であると言って良いでしょう。
実は、経済モデルのコンピューターシミュレーションではこれと同じような思考法が多用されます。その際の出発点として、よく用いられるのが「直近の現実のデータ」と「極端に大きな(小さな)データ」です。ビジネスの世界であれば、これに加えて前例や他社の実施例なども出発点の候補になるでしょう。
日々の意思決定の際にはついつい、実際の自分の立ち位置から最大化するのみで満足してしまいがちですが、時には極端な候補や理想化されすぎて到底実現不可能なたたき台から出発してみてはどうでしょうか。

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プロフィール

1975年生まれ。駒沢大学経済学部准教授。著書に『経済学思考の技術』『ダメな議論』、共著に『論争 日本の経済危機』『セミナール経済政策入門』などがある。

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