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飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」

気鋭の若手経済学者が、社会問題・経済問題を、Hacks的な手法を用いて、その解決策を探る。

ローカルな話とグローバルな話

2007年10月 9日

■費用抑えて便益伸ばせ……

私たちは「より満足したい」と思って行動しています.そして企業は「より多くの利潤を得る」ことを目標に作られた組織です [*1].人生とビジネスを成功させる最も重要なコツが「費用を抑えて便益を伸ばす」ことに他なりません.

口で言うのは簡単ですが,では実際にどうやったら費用を抑えて便益を伸ばす……できることならば「便益-費用」が最大にすることが可能になるのでしょう.この問題の難しいところは,通常費用をケチると便益も低下してしまうし,もっと高い便益を得る時には費用もそれなりにかかってしまうところにあります.例えば,PCを買い換えるとき,新しい車を買うときを考えてみてください.


CreativeCommons Attribution License, Chris Kovacs

ビジネス書では「あらゆる選択肢を検討し,それぞれについてその損得を比較考量しろ」みたいなことが書いてあります.まぁ,これは正論ですね.もしそれが出来るならば,当然そうすべきです.さらに,このような選択肢のあぶり出しのためのHacksツールもたくさん解説されています.でも,「あらゆる選択肢」があらかじめわかっているコトってそんなに多いでしょうか.そして,「あらゆる選択肢」をリストアップし,比較考量するのが結構大変だという場合もあるでしょう.考えることにも機会費用というコストがあるのです.こんなときは視点を変えて「ちょっとはましな満足度を得る」ことに目標を下方修正してみましょう.

あなたは自宅のPCを買い換えようと考えているとします.たいていの人にとり,個人のPCを買い換えるのが「人生における一大事」ではありません.それほどたいしたことではない選択に関しては,あらゆる選択肢を検討し,それぞれについてその損得を比較考量することによって最善のPCを捜すことよりも選択肢の総覧とチェックのコストの方を重視すべき場合が多くなります.

こんなとき,ちょっとはましな満足度を得る思考法が「ちょっとずらして考えてみること」です.例えば,今購入を考えているPC(A)と同じ価格帯でちょっと高いPC(B)を調べてみる.少し高くなってもAよりBの方がいいということになったら,次はBをベンチマークにして,それと似た機能・価格帯のPCについて検討しましょう.これを何度か繰り返していくうちに,当初のベンチマークであるAとはかなり離れた選択肢に到達するかも知れません.そして,何番目(何十番目?)かのベンチマークであるXと似たようなPCはどれもXよりも劣っていることがわかったとします.このXこそがあなたがたどり着いた「ちょっとはマシな選択肢」というわけです.

このように具体的な例だとピンと来ない人もいるかもしれません.というよりも個々人はだれしも心の中で似たような葛藤を経て商品の購入を決めているといってよいでしょう.しかし,会社の中での企画検討や既存商品の改良といった複数の人間での検討が行われるときにはついつい見逃してしまいがちな手法なのではないでしょうか.

■世界の最高峰と無限の歩幅

このように「少しずらした代替案の中によりよいものがないので,とりあえずはそれがベターな選択肢だ」という思考法は,山登りに例えることができます.いつも登っていれば,より高いところに行ける.そして下ることしかできないならば,今立っているところはその周りではとりあえず一番高いところだ!というわけ.このようなとりあえずの最大はちょっと専門用語を使うとローカルな最大といいます.

もっともこの方法だと,箱根山がとりあえず世界で一番高い山だとか思ってしまいそうです[*2].それどころか,近所の公園の滑り台の上が世界最高峰なんてことにもなりかねない.そんなときにはもう少し歩幅を大きくして「現在位置よりも上」を捜せばよいということになります.歩幅がうんと大きければ富士山,もっと大きければエベレストにたどり着ける.ローカルな最大に対してエベレストはグローバル[*3]な最大です.しかし,どんどん歩幅を大きくする……つまりはあらゆる選択肢を検討するにはコストがかかる.ここで問題は元に戻ってしまいます.

このように,ローカルには最善の行動であっても,より広い視野で……つまりはグローバルには最善じゃないというケースはたくさんある.さらに,産業全体の問題や一国経済の問題について全ての選択肢を調べるてグローバルな最善案を捜すというのは大変すぎる.こんなとき,状況を改善するにはどうしたらよいのでしょうか?

*1 企業について「より多くの利潤を得るために行動している」と書かなかったのにはワケがあります.企業は人間ではない……そして企業を動かすのは人間.そして企業を構成している人間は「企業の利潤が最大になる」ことよりも自分自身が「より満足したい」と思って行動しているのです.
*2 都内の人にしかわからない話ですいません.箱根山というと温泉で有名な神奈川の箱根の方が有名ですが,山手線の内側では新大久保の近くにある箱根山(標高44.6m)が最も高い山なのです.
*3 グローバルとかローカルって言っても別に地球規模のとかそういう意味ではないです.ある点の周りで……というのをローカル,全ての選択肢の中で……というのをグローバルと呼んでいるだけなのでご注意下さい.

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プロフィール

1975年生まれ。駒沢大学経済学部准教授。著書に『経済学思考の技術』『ダメな議論』、共著に『論争 日本の経済危機』『セミナール経済政策入門』などがある。

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