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飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」

気鋭の若手経済学者が、社会問題・経済問題を、Hacks的な手法を用いて、その解決策を探る。

問題は適切に分割されなければならない

2007年10月 1日

■交換はいつでも良いことなのか?

両者納得の上での交換は当事者双方の満足度を向上させます.だからたくさんの取引が行われるのがよいことだ……さて,これははたして普遍的な事実なんでしょうか? ここで先に結論.Yes.

しかし,交換が行われていてもどうも「よいこと」とは思えない様な事例もある.例えば,今日もどこかの中学校の体育館裏(って設定はちょっと古いか?)で「ぶん殴られたくなかったら金出せよ」ってな取引(?)が行われていることでしょう.交換・取引は別に金銭的なものじゃなくてもかまわない.これだって立派な「殴ること」と「金銭」の交換です.この取引によって,いじめっ子は金銭を得て,いじめられっ子は殴られないという便益を得ている.双方ともに交換によって状況が改善しているというわけだ[*1].

こんな取引も世の中を良くするんでしょうか? いじめや恐喝だけじゃない.パワハラだって奴隷貿易だって一種の「取引」ではある.こんなものまで含めて「両者納得の上での交換は当事者双方の満足度を向上させる! いつでもどこでもだ!」なんて結論しちゃうのはおかしいんじゃないの? と思う人が多いでしょう.

ここで,常識的に到達する結論は「いい取引と悪い取引がある」というもの.でも,これじゃあ話は何にも先に進んでくれない.一つ一つの取引について(それが自分の気にくわないなどの理由で)「それは悪い取引だ」なんていわれちゃったらかなわないですよ.「ケースバイケース」というと聞こえがいいですが,(ケースの定義が明確でない限り)これはたんなる思考停止に過ぎないんです.

そこで,拙著『経済学思考の技術』以来繰り返している思考のポイント.
問題は分割して考えろ
です.さきのいじめの事例をみても交換自体はどうも双方の満足度を上げている(いじめられる側にとっては不満足度を減少させている).じゃあ,悪い部分はなんなんだ? そうかの取引を「まずい」と感じさせている源泉は「暴力」の方なのだ.

こう考えると,「交換はイイ!」っていう思考法が保守できるだけでなく問題への対応法についても新たなアイデアを導くことが出来ます.学校にお金を持ってくることを規制したり,体育館裏を立ち入り禁止にすることはなんの対策でもない.この種の恐喝行為への対応は暴力への規制でなければ意味がないというわけ.


問題を分割して考えることが出来ないと,話題のコア(この場合,それがないと取引とは呼べないといった部分)ではないところに絡め取られて,それ以上の思考に進めなくなってしまいます.安直な文明批判など,問題を分割する習慣が身についていれば気にする必要なんて全くないような話は少なくないでしょう.


これで安心して,とにかく「交換サイコー」「交換エライ」っていう経済学的思考の出発点に立ってお話しが始められます.

Joy is ice candy! Where are we searching?
CreativeCommons Attribution-NoDerivs License, Amol Sood

■次はよりよい交換をする方法

というわけで,取引・交換を誉め称えてばかりいてもしょうがないですから,話を進めましょう.
交換はよい.得だ.そして得をするならもっともっと得をしたい[*2].では,得な取引っていうのはどんな取引でしょう.「(自分にとって)つまんないものを手放して,(自分にとって)いいものを手に入れる」ことができたならばとってもお得ですよね.こういう得な取引を「喰う」ためには,相手を選ばなきゃならない.そこで重要なのが,8月20日のエントリの自分とは価値観が離れている人を捜すことです.

とはいえ,取引相手の価値観まで考えながら日常生活を……というのも少々非現実的です.そこで,「(自分にとって)つまんないものを手放して,(自分にとって)いいものを手に入れる」を一言でまとめてみましょう……それが「費用抑えて便益伸ばせ」です.

こうまとめると「あたりまえすぎる……」と思われるかも知れない.でも,これって結構奥が深いお話しなんです.


**************
*1 もっとも,いじめに対して唯々諾々と従うことがいじめをエスカレートさせるので,いじめられる側にとっては損だという意見もあるでしょうが,これもふくめて「今,暴力から免れる」ことを選択している点を想起ください.
*2 稀少性に言及したときに,なんにでも限度がある……といいましたが欲望には限度がないかも知れません.

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プロフィール

1975年生まれ。駒沢大学経済学部准教授。著書に『経済学思考の技術』『ダメな議論』、共著に『論争 日本の経済危機』『セミナール経済政策入門』などがある。

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