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飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」

気鋭の若手経済学者が、社会問題・経済問題を、Hacks的な手法を用いて、その解決策を探る。

第8回 金のことばかり言うんじゃないよ!?

2007年7月 9日

(飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」第7回より続く)

■陰鬱な科学

3回にわたって解説した割引現在価値の利用法ですが、そろそろウンザリしたという方も多いんじゃないでしょうか。そして、少なからぬ人が「なんでもかんでも金に換算すりゃいいってもんでもないだろ」と感じられたかと思います。「お金じゃ買えないものがある[*1]」というおきまりの言葉があたまに浮かんだ人もあるかもしれません。

「お金じゃ買えないもの」は確かにたくさんあります。あれとかそれとか。身近なものとしてはこれとか……。えーと皆さんもすぐに思い浮かぶでしょ。しかし、その一方で「なんでもお金に換算できる」というのもまた正しい主張と思われます。

別に禅問答を始めようというわけではありませんし、かといって只管打坐しようというわけでもありません。論理学の問題です。仮にXはお金では買えないとしましょう、ここで、「そのXをあきらめなければお前に1兆円の自己破産不能な債務を負わせて、一生奴隷にするぞ」と言われたらどうでしょう。多分あきらめるんじゃないでしょうか。お金じゃ買えないものの代表は「健康」かもしれません。しかし、「病気にはならない代わりに一生貧乏でいずれ餓死する」のと「病気にはなるが人並みの生活」を選べと言われたらまぁ後者を選びますよね。このとき人並みの生活費・一生貧乏といったお金の問題と健康は比較可能な形になっています。

「Xを金銭に換算するなんてとんでもない」という言及は、「Xを金銭に換算するととんでもない”額になってしまう”」という意味だと理解できます。

■心の中に定規を持とう!

なんでもかんでも金銭換算できるとなると、心の中になんらかの換算レートを持っておくことが素早い意思決定の目安になります。

Life Hacks! の基本技法の一つに、標準作業時間という考え方があります。普段ルーチンでこなしている業務について「必要な時間の目安」を計測し、標準作業時間を割り出しましょう。

例えば、私はWIRED VISIONの1回分原稿を書く標準作業時間は3時間です。すると、週間スケジュールを設定する際には本blogの執筆のための時間として(やや余裕を見て)4時間ほど空けておけばよいと言うことになります。また、ある週に原稿執筆が2時間で終わったなら「なんとなく好調」、逆に半日かかってしまったら「不調だ」と自分のコンディションを確認するツールとしても機能します。

標準作業時間の金銭バーションとも言えるのが自分コスト[*2]の計算です。最も単純な自分コストの計算方法が、年収/年間労働時間による「自分時給」の算出です。早速、昨年度の源泉徴収票を引っ張り出して、収入(会社員の場合はコレに社会保険料[*3]を足して下さい)を平均的な週の労働時間×50週で割ってみましょう。週の労働時間は申告分ではなく、サービス残業まで含めた実労働時間で考えてください。

それがあなたの時給です。思ったより高かった人低かった人様々でしょう。ちなみに全く残業をしないで(そんな人がこの世に存在するのかどうか疑問ですが……)年収+社会保険料600万を稼ぐ人の時給は3000円です[*3]。

フリーで働く人の場合、この自分時給は作業の生産効率を計る上で大きな役割を果たします。自分時給3000円のフリーライター氏が取材や事務作業を含めてほぼ一週間……40時間かけて原稿料10万円の記事を書いたとしましょう。この記事に関する時給は2500円です。さらに自身の標準作業時間を勘案することで、(1)この仕事での作業効率が悪かった(もう少し効率的に動かなければ)、(2)原稿料の安い会社にあたった(この会社からの依頼は控えめにした方がいいかな?)のどちらであったのか理解することが出来ます。

また、企業にお勤めの場合でも「残業は実際にペイしているのか?」などと考える際に自分時給の考え方は有効となります。もっとも残業するか否かを自分で決められることは稀ですが……。残業は通常、基本給÷160(月の規定労働時間)×1.25ほどです。試しに自分の時間外手当を計算してみてください。自分時給よりも低いという人が多いと思います。残業代は高いと思っている人も多いかも知れませんが、実は会社にとっては(サービス残業ではないとしても)残業は安価な労働調達手段なのです。

そしてあなたが管理職ならば、部下のそれぞれの時給を把握しておくことをオススメします。自分時給3000円の部下に1時間当たり1000円程度の収入しか生まない仕事をさせていませんか?

* * * * *

*1 お金じゃ買えないけどカードなら買えるという話ではなく、お金でもブラックカードでも買えないものがあるという意味で。
*2 小山龍介(2006)、『TIME HACKS!』、東洋経済新報社。
*3 社会保険料は多くの会社で従業員と企業で半分づつ払っています。したがって給与明細に記載されている「社会保険料天引き」と同じ額を会社があなたのために社会保険庁に支払いをしてくれているので、これは巡りめぐって自分が稼いでいるのと同じことです。
*4 仮に毎週20時間残業をしている(完全に労働基準法違反ですが結構いると思います)としても時給は2000円です。フリーターがいかに厳しい状況かわかるんではないかと思います。

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プロフィール

1975年生まれ。駒沢大学経済学部准教授。著書に『経済学思考の技術』『ダメな議論』、共著に『論争 日本の経済危機』『セミナール経済政策入門』などがある。

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