第3回 ロジカルシンキングでHacks!
2007年6月 4日
■ロジカルシンキングは不要
僕は小文などでロジカルシンキングの重要性について書くことが多いので、ロジカルシンキングを重視する思考方法への批判・反論を受けることがあります。また、友人も「ロジカルシンキング批判」をしている書籍や雑誌記事を見つけると「っていってるけどどう思う?」みたいなかんじでメールが来ることもしばしばです。
そのなかには、相も変わらずの「"世の中理屈じゃない"という理屈[*1]」に過ぎないしょうもないものも多いのですが、なかにはロジカルシンキングの(というよりも「ロジカルシンキング愛好家」への)リーズナブルな批判になっているものもあります。
ロジカルシンキングへのまっとうな批判としては、香西秀信氏の『論より詭弁 ——反論理的思考のすすめ』[*2]があります。ごく短くまとめるならば「人はロジックで説得されるわけではない」といくことになるでしょう。我々は口説かれたい相手(または口説かれないと大きな不利益がある相手)に、口説かれたいシチュエーションの中で、口説かれたい言葉によって口説かれるわけです。
「説得されたい」と思わせるテクニックの全体を心理学的に考える方法が占い師などが利用するコールドリーディングということになるでしょう。そして口説かれたいと思う言い回しの研究は香西氏の専門であるレトリック論の中心課題でもあります。
力関係がはっきりしている中でロジックに基づく説得は何の力もありません。いかに正統な論理的根拠があっても決裁権のある上司に個人的に不利な決定を行わせることは出来ません。家庭内暴力への法や行政のサポートを紹介しても、惚れた弱みがあるケースでは無意味ということもあるわけです。またこのような力関係が明確でない場合には、レトリックと雰囲気次第で説得されるか否かは大きく左右されてしまうでしょう。
■やっぱりロジカルシンキング♪
ロジカルシンキング、クリティカルシンキングの入門書などでは「ロジックが明確でないと人は説得されない」「ロジカルなプレゼンでクライアントの理解を得よう」といった言葉がならびます。しかし、僕はこれは上記の理由で怪しいモンだと考えています。どちらかというと説得しにくくなるんじゃないかとさえ思えるんですが。
このように書き進めると、僕の結論も「反論理的思考」の方に向かうと思われるかも知れませんが……違います。むしろ、今回の結論は「やっぱりロジカルシンキングは必要不可欠」というものです。
第一に、自分の心の中ではロジカルシンキングをする必要があるという点です。ロジカルシンキングの常道であるリストアップをロジカルに行わないと、そのときたまたまはじめの方に思いついたアイデアのみから行動の方針を決めていかなければなりません。これでは、はじめから狭い選択肢の間で判断を下すことになってしまい後悔の元になるでしょう。そして、「他に選択肢があったかも知れない」という気持ちも大きなストレスの元となります。また、「AとBどちらの行動をとるべきか」という問題を考える場合も、ロジカルシンキング無しでは、そのときたまたま「いい感じの言い回し」「気分に適う説明」を思いついた方を選んでしまうということになるでしょう。
では、内にはロジカルシンキングで外にはコールドリーディングとレトリックというのが正しい姿勢と言うことになるのでしょうか。これは半分は正しく、半分は間違いです。あなたが交渉し、説得する相手の中に「ロジカルな思考法に依拠して判断する人はいない」という場合には、確かにロジカルシンキングは自分の頭の中だけで行えばよいということになります。しかし、当たり前のことながら、あなたの周りにも論理的な思考法に依拠して判断をしている人は少なくありません。さらには、コールドリーディングとレトリックの手法を既に知っている人にたいして、その効力は大きく減殺されてしまうでしょう。このような相手に対し、ロジックの裏付けがないレトリックを使ったなら、良くて「あいつは不誠実だ」と思われ、悪ければ「あいつは馬鹿だ」と言ってまわられてしまいます[*3]。
コールドリードやレトリックは重要です[*4]。しかし、その前提にはロジカルシンキングが無くてはならないとも思うのです。
■Hacks! は反ロジカルシンキングか
blogのタイトルが「Social Science Hacks!」なのに、ロジカルシンキングの話とはこれいかにと思われる方も多いことでしょう。Hacks!はロジカルシンキングに変わる新しいビジネスツールとして紹介されることがあるためです。ここから、Hacks!とロジカルシンキングを対立的に捉えている人もいます。
しかし、連載第一回で言及した「Hacks!的なもの」を思い出してみてください。ステレオタイプに思考することでスピーディーな意志決定やストレスのない自己管理を行うことがHacks!の精神です。ロジカルシンキングはこの両方に取り非常に有効な手法です。なんのことはない。ロジカルシンキングはHacks!の一つの手法なのです。そして、ロジカルシンキングは他のハック・ツールを使いこなす基礎力にもなるのです。
*1:あとよくあるのが「理屈だけでは説明できないことがある」って主張ですね。え〜と、そりゃそうですが、なんとか行けるところまでは理屈でいかないと進歩無いでしょ。こんな当たり前のこと言って何かを批判した気分になれるくらいeasyな性格になりたいものです。ちなみにこういう否定しようがない主張を重ねるテクニックを石井裕之氏は「Yesセット」と呼んでいます。
*2:香西秀信 (2007)、『論より詭弁 ——反論理的思考のすすめ』、光文社新書。
*3:たちの悪いことに、ロジカルシンキングの信奉者はえてして嫌味でうるさ型のインテリだったりするものです(例:僕)。気をつけましょう。
*4:僕がコールドリードやレトリックをどのくらい重要だと考えているかというと……それについての本を書いてしまうくらい重要です。拙著『ダメな議論——論理思考で見抜く』(2006年,ちくま新書)はロジカルシンキングの本に分類されることが多いのですが。僕自身は説得術の本だと思ってたりします……。
飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」
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