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飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」

気鋭の若手経済学者が、社会問題・経済問題を、Hacks的な手法を用いて、その解決策を探る。

第4回 Hackツールとしての経済学思考

2007年6月11日

■経済学ってなんですか

さて、このblogのテーマはHacks! です。そして僕がコレまで本や雑誌なんかで書いてきたロジカルシンキングもHacksツールのひとつのtipsだ。じゃあ、僕の一応の専門である経済学はHacks! とどんな関係があるんでしょう。今回は経済学ってのは結局何をやっているのかについて僕なりのまとめをしてみたいと思います。

まずは、経済学の対象は稀少なモノです[*1]。商品、マネー、土地そして時間や労働力が経済学の対象となるのはそれが「仮にそれがタダの時、みんなが欲しいと思うほどには存在しない」ためです。

稀少なものだから真面目に考える必要があります。ありあまっているものについては別に真面目に考える必要なんてなくて、まぁほっとけばいいわけですから[*2]。大昔の教科書では稀少ではないものの例として水や空気を挙げていましたが、最近は「いくらでもある」とは言い難いからこそ環境経済学という分野が登場しました。このような稀少なモノを使って、みんなが何とか自分(または自社)の満足度を高くするように行動するときに社会全体で何が起きるのかを考えるのが経済学の仕事です。

こう考えると、経済学って別に「経済に関する話」だけじゃなく、犯罪や教育、少子化、国際関係に社会論……なんにでも適用できそうな気がしてきませんか? 実際、法と経済学、教育経済学、人口経済学といった分野は日本国内でも多くの学会や研究会がありますし、国際関係論や社会学に経済学的な手法を応用するケースも増えてきています。

つまり現在「経済学」と呼ばれている学問は「経済を研究する学問」というより、「問題を解決するための方法論を考えること」になりつつありまるのです[*3]。問題解決のためのtipsを整備するというわけですから……経済学こそHacks!の精神を体現している学問だっ! って思いませんか。そして、経済学がHacks! ならもっといろいろなツールを取り込んで、より使いやすく、より多彩にしていきくべきじゃありませんか。

■あきらめとHacks!

経済学がHacks! 的なのはこれだけじゃありません。いかにも経済学っぽい「やり口」に、物事を極端に単純化して数理モデル化するという(経済学者以外のほとんどの人に)評判の悪い方法があります。経済学のモデルの善し悪しを評価する一つの手段がtractability(扱いやすさ)です。文章の要約に上手い下手があるように、この単純化にも上手・下手があります。このように、現実を説明するための必要最小限の要素を絞り込んで、tractableなモデルにまとめ込むのが上手な人を「Handlingが上手い」といいます。

現実の問題は複雑で、様々な要因が絡まり合っています。それを説明するために「あれもこれも」考慮したいのはやまやまです。しかしながら、要素を絞り込みすぎると「一番大切な要因を捨象(omit)してしまう」ことになり元も子もありません。それに、どうせなら何でもかんでも説明できるすごい理論をつくりたい! と思うのも人情です。ところが、あまりにも多くの要素を盛り込みすぎると取り扱いが困難になり、「どの要因重要で何がそうでもないのか」というそもそもの目的が達成できなくなる。このバランス——Handlingの上手下手はあきらめ方の巧拙で決まるのです。

■卒論テーマの絞り込み

ちょうど本務校では、卒論のテーマを詰めていく時期です。僕のゼミでの卒論は狭義の経済学っていうより「データをバカバカ集めて面白い傾向を見つける」というスタイルの論文を推奨しているんですが……これがまた難しい。学部の4年生くらいだと、とにかく大風呂敷を広げてなんでもかんでもやりたくなっちゃう。

たいていの学生にとり、卒論は彼らが書くはじめてのまとまった文章ですから、はじめはアイデアが出ないことで悩む。でも、ちょっとした着想が得られるようになると、こんどは「あれも、これも」になっちゃって収拾がつかなくなったり。その結果、気づくと「景気に関係がありそうな統計の一覧と解説」みたいになっちゃうんですよね。で、多少の統計ツールを使って平均とか相関とかをとるんですが、やればやるほど何がしたいのかわからなってる。これって、ビジネス・シーンでの企画立案などで日々感じてらっしゃる方も多いんじゃないでしょうか。

こう言うときに、どう絞り込むかはセンスの問題……といってしまえばそれまでですが、僕は「自分のセンス」ってそんなに信用できないんですよね。じゃあどうするかって言うと、ここで「強制的にアイデアを出すツール」と「強制的に絞り込むツール」っていうのが欲しいところ。強制的にアイデアを出すツールは狭義のHackツールの得意とするとこですし、絞り込む方はロジカルシンキングの得意技です。
Hacksとロジカルシンキング、そして経済学ってなんだか相互依存関係が強いように思うんです。

*1 実はこれには大変やっかいな例外があります。人類は「個人的にはものすごく稀少だが、社会全体では大して稀少じゃない」というへんてこなモノをひとつ発明してしまいました。この「やっかいな例外」が気になって仕方ない人は、小島先生のエントリとその続編を読んでみてください。経済学に詳しい人ほどびっくりできます♪
*2 ある対象が稀少かそうでないかについてはしっかりと把握しておかなければなりません。稀少じゃないものについて一生懸命考えていると……それこそ命の次に大切な時間を無駄にしてしまいます。
*3 僕の専門はマクロ経済学と経済政策なのでいかにも「経済を研究する学問」なのですが、ミクロ経済学はどんどん社会科学全体の方法論を考える基礎分野になりつつあるように感じます。

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プロフィール

1975年生まれ。駒沢大学経済学部准教授。著書に『経済学思考の技術』『ダメな議論』、共著に『論争 日本の経済危機』『セミナール経済政策入門』などがある。

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