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飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」

気鋭の若手経済学者が、社会問題・経済問題を、Hacks的な手法を用いて、その解決策を探る。

第2回 総合的に考えない

2007年5月28日

知的単眼思考法

小学校のころから、今現在に至るまでみなさんは「物事は多角的・総合的に考えなければならない」「柔軟な思考をせよ」と言われ続けてきたことと思います。これこそが僕たちの思考に無駄を生み、ストレスの元凶になっているのではないでしょうか[*1]。だって具体的に何をどうしたらいいのか全然わからないんですもん。

それ以前の問題として、「柔軟に」「多角的・総合的に」考えられるほどアタマのいい人なんているんでしょうか……少なくとも僕には無理そうです。

「柔軟な思考」はまとまりにくく、「多角的・総合的に考える」には時間がかかります。その問題はそこまでコストをかけてまで解決しなければならないモノですか? そして、完全な答えが得られるまでのんびりと考えていてもよいほど緊急性の低い、いつ処理してもいいような話なのでしょうか?

Hacks! の基本アイデアはこの対極にあります。ステレオタイプに定型化された見方で情報を処理し、問題解決の方法を考えていくことが重要なのです。手持ちの「ステレオタイプな見方」を増やし、様々な思考ツールの支援で解決策を「ひとまず」導いてしまう。「いろいろな偏見」から得た結論を最後に比べて取捨選択する段階でやっと「総合的」に判断すればよいのです。

まずは手っ取り早く答えを出す。これを繰り返す。複数の候補の中から、最後の選択のみを、総合的に行う。これを僕は「知的単眼思考法」と呼んでいます。そして知的単眼思考法ツールをたくさん考案し、その活用法を整理したものが僕の目指すSocial Science Hacks!というわけです。

たとえばこんな蒟蒻問答

現在、多くの人が注目する社会的問題のひとつに格差問題があります。格差問題に対する問題提起や解説を見ない日はないくらいです。しかし、一体全体格差問題って何でしょう。そんなひとくくりにして語れる単純な話でしょうか? 結局マスコミの評論は「経済の活性化のためにはある程度の格差は必要だが、いきすぎた格差は問題だ」というような話に落ち着くんみたいですが——いきすぎても悪くないものなんかあるんでしょうか?

マスコミで語られる格差問題はあまりに「評論家的」です。つまりは状況を改善するために考えるという問題解決思考が希薄なのです。芸能人の離婚問題ならそれでもいいと思いますが、社会問題なんですから整理と思考は問題解決・状況改善を第一に行わなければなりません。

Social Science Hacks! のなかではメジャーなHacksツールをそのまま使って社会の問題を整理していきたいと思います。少し格差問題を例にその道筋を紹介して見ましょう。

第一に必要なものは多岐にわたる膨大な問題のリスト・アップです。コーヒーを飲んでぼんやりと考えただけでも十や二十ではすまないくらいの「格差問題」が思いついてしまいます。

次にそのリストを分類します[*2]。このときGTDで使われる「2分の原則」をまねして、「簡単に改善できる事」をまず取り分けてしまいましょう。そう簡単にはカタがつきそうにもないことはロジカル・シンキングで使われるMECE[*3]を念頭に分類していくとすっきりいくと思われます。

このような状況の整理がついたら、それぞれの「格差問題」区分に対して解決策を考えて行きます。この解決の模索においても「使えそう」なHackツール、ビジネスツールがたくさんあります。

こういった思考のプロセスを通じて、これまでHacks! に無縁だった人はさまざまなツールを仕入れることができるでしょうし、Hacks! 大好きな方はお馴染みのツールの使い勝手の良さ/悪さを知ることができるんじゃないかと思います。

社会問題と70点の答え

僕たちは自分自身の日常生活においてその100%を把握しベストの選択をしているとは言いかねます。そして、100%を把握しベストの選択をする必要があるのかどうかも疑問です。「ファイルを完全に整理するためならば、仕事の遅延もやむをえない」、さらには「健康のためならば死んでもいい」という間抜けにだけはなりたくありません。

社会問題ともなると、その複雑さは個人の生活の比ではありません。そして、今回は格差問題を例にしましたが、経済成長、年金問題、そして少子化……どれもこれも100年後の「満点解答」よりも今とりあえず「70点くらい」の答えを出しておいた方がマシなモノばかりです。

だからこそ、Life Hacks! 以上にSocial Hacks! が求められています。使い勝手の良いSocial Science Hacks! を構築していく物語にしばしおつきあい下さい。


*1:初等教育の中でこれが最も顕著に現れるのが作文指導やじゃないかとおもいます。自分の思ったこと感じたことを自由に書く・・・・・・僕も一応お足を頂戴して文章を書くことがありますが、そんなすごいことはいまだにできてません。況や小学生をやでしょ?
*2:またはマインドマップ形式で分類しながらリストアップするというのもよいかもしれません。
*3:"Mutually Exclusive Collectively Exhaustive(重複なく、モレなく)"という分類法。ここで「Hacks!とロジカルシンキングは別物(というかむしろ水と油)なんじゃないの?」と思ったHackerのみなさん。その話は次回に説明します!

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プロフィール

1975年生まれ。駒沢大学経済学部准教授。著書に『経済学思考の技術』『ダメな議論』、共著に『論争 日本の経済危機』『セミナール経済政策入門』などがある。

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