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飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」

気鋭の若手経済学者が、社会問題・経済問題を、Hacks的な手法を用いて、その解決策を探る。

第1回 Social Science Hacks!を始めよう

2007年5月23日

Hackとは何でしょう

題名の「Hacks」を見て、「あぁアレか」と思った方——そういう方にはこれ以上の説明は蛇足です。要するに、「Hacks的な手法で世の中の問題を処理し、解決策を探ってみよう」、「社会問題・経済問題を処理するHacksを考えて行こうじゃないの」というのが本連載のメインテーマというわけです。もっとも、「"Social Science Hacks!" って何?なんか新しい造語?」という感想も多いかと思います。そこで、連載の第一回目は「Hack」そのものについて紹介します。

僕たち日本人にとっては、「Hack」という単語から連想するのは何をおいてもまず「Hacker」でしょう。辞書的な用語法でも「Hack」といえば「ぶちのめす」とか「切り刻む」といったどうも不穏当な意味が多いみたい。そうすると「Social Science Hacks」もいかがわしい方法で論争相手を叩きつぶす連載だと思われてしまうかも知れません……がそんなことはないので安心して読んでいただければと思います。

「Hack」とは俗語で「上手にこなす」「コントロール下に置く」といったニュアンスをもっています。この用法で最も知られているのが「Life Hacks」と呼ばれる一連の行動・思考支援ツール達です。ごく単純なモノとしては、毎日のスケジュール管理をスムーズに行うための手帳術やPCのテスクトップ整理法なんかがあげられます。

これらのツールの中で最も有名なものが行動支援ツール「GTD[*1]」と思考支援ツール「マインド・マップ[*2]」です。名前だけは聞いたことがあるという人もあるかも知れません。手短にまとめると、GTDは気になっていることを「ただひたすら書き出して」分類することから行動の指針を作る方法、マインド・マップは複雑な(だからこそ多様で型にはまらない)アタマの中身を出来る限りそのままの形でノート化、メモ化する技法です。

なんで経済学者がHacks!なんだ?

とはいえ、僕は仕事術や情報整理法のプロではありません……むしろ普通の人よりもスケジュール管理とか下手なぐらいでしょう[*3]。僕の専門は経済学、少し詳しく言うと数学的なモデルで経済を分析したり、そういう分析が現実に正しいかどうかを統計的に検証したりするのが本業です。こう説明すると、「なんで経済学者がHacks!の解説なんか書いてるんだ?」と思うかもですね。

第一は……Hack!系のツールがなんとなく好きだから[*4]なんですが、連載第一回目からそういい加減なことばかり言ってはいられません。ちゃんと理由はあります。それは、「経済学こそHacks!の原点」だからなのです。

Hackの精神と経済学

Hacks!というと個々のツールが「使える」「使えない」というところに話が集中してしまいますが、これはずいぶんともったいないことです。個々のHackツールよりも重要なことは、「Hacks的に考えることが効果的だ」ということを腑に落とし[*5]、「Hacks的に行動する習慣を身につけていく」ことです。

「Hacks的に考え、Hacks的に行動する」ってのはいったい何をすることなんでしょう。あまりにも大きなテーマなので、これまではいつも説明に窮してしまっていたのですが……先日、思わぬところでその答えを拾いました。Life Hacks系のベストセラー・ライターである小山龍介氏の近著に『ライフハックのつくりかた[*6]』があります。内容もさることながら、衝撃的かつ的確なのはその帯の煽りです。

「ステレオタイプな見方って……スバラシイ」

これこそ、Hacks! の本質をついたまとめだと思います。

日々の仕事や生活での問題は膨大な量であり、様々なカテゴリー、様々な階層にわたります。このような多数でかつ多岐にわたる問題のひとつひとつを詳細に検討し、つねにベストな答えをさがして行動……なんてしていたら脳がいくつあっても足りません。そこで、パターン化された「いつもどおりの」思考方法を持っておく必要があります。

「ステレオタイプ」というと普通は悪口です。例えば、文学作品に対して「ステレオタイプなキャラクター設定だ」と評価されていたら少なくとも褒め言葉ではないですよね。学問の世界でも、例えば、社会学で「硬直的でパターン化された分析だ」と言われれば結構辛辣な批判ということになると思います。

しかし、ステレオタイプに関する評価に関して、社会科学の中の唯一に近い例外が経済学です。むしろ、経済学的な技法の「お約束」を守っていないと批判されます。経済学者以外の人には「経済学の"お約束"重視」が経済学そのものの重大な欠点のように映るようですが、これは全く的外れな批判です。

社会に対してパターン化された思考による整理と処理を行っていくこと。これを仮にSocial Science Hack!と名付けましょう。従来のHack!ツールと経済学思考の技術[*7]を組み合わせて、目の前の問題にひとまず方をつける方法を構築することが本連載の目標です。そして、Social Science Hacks!を読者のみなさんと一緒につくって行ければと思う次第であります。


*1:Allen, David (2001), Getting Things Done: The Art of Stress-Free Productivity, Viking Press.(『仕事を成し遂げる技術—ストレスなく生産性を発揮する方法』,森平慶司訳,2001年,はまの出版)
*2:Buzzan, Tony and Barry Buzzan (2003), The Mind Map (3ed.), BBC.(『ザ・マインドマップ』,神田昌典訳,2005年,ダイヤモンド社)
*3:個人的な感想ですが大学教員はたいていスケジュール管理が下手です。
*4:ちなみに僕が比較的よく使うのはGTDと二次元To Doリストです。
*5:自分で心底わかるようにするときには「腑に落とす」っていうとなんとなく感覚に近いと思うんですがどうでしょ。
*6:小山龍介 (2007),『ライフハックのつくりかた——3つのルールで探る快適・シンプル・自分ハック』,Soft Bank Creative.
*7:実はこれ、僕の処女作のタイトルです.経済学思考についても連載の中で説明しますが、せっかちな方は,拙著『経済学思考の技術——論理・経済理論・データで考える』(2003年,ダイヤモンド社)を読んでいただければと思います。

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プロフィール

1975年生まれ。駒沢大学経済学部准教授。著書に『経済学思考の技術』『ダメな議論』、共著に『論争 日本の経済危機』『セミナール経済政策入門』などがある。

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