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ガリレオの「Wired翻訳裏話」

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「科学」の勝利:オバマ氏を支えた、科学技術界からの強力な支持

2008年11月 7日

カーボン・ナノチューブで作った、たくさんのオバマ氏」という記事の中で、「ナノバマ」を作った研究者のサイトについて、「科学のために投票しよう」とだけ書かれている、という紹介があります。

これは一見すると中立的なキャッチコピーのように見えますが、今までの選挙戦を見ていると、このキャッチが「オバマに投票しよう」とほとんど同じ意味であるということがわかってきます。

「科学」は、今回の米国大統領選でひとつの焦点になったテーマでした。ワイアードの科学ブログでは、ときどき大統領選関連記事が掲載されており、大統領候補が科学的な問題にどう対応していくかが読者の関心を呼んでいたことが伺えます。(記事のまとめはこちら)

例えば、科学ブログの筆者たちも支持してきた全米規模の運動に、「Science Debate 2008」がありました。これは、全米科学アカデミーなどの各団体のほか各大学の研究者などが参加し3万8500人以上が署名した草の根的な運動で、大統領候補たちに対して科学的な問題に関する公開質問を行ない、候補者による公開議論の場も開催しようというもの。(気候変動、教育、医療/健康管理、宇宙研究、幹細胞研究など14の公開質問について、オバマ・マケイン両氏が回答した内容はこちら。)

こうした動きの中で浮かび上がっていったのが、オバマ氏の「科学への傾斜」がマケイン氏と比べて強力であったことです。

オバマ氏には、科学的な問題について同氏をサポートする「科学アドバイザー」チームが作られていました(英文記事)。このチームメンバーは、Harold Varmus氏(1989年ノーベル生理学賞受賞者、米国国立健康研究所(NIH)の元所長) 、Gilbert Ommen氏(全米科学振興協会元会長)、Peter Agre氏(2003年ノーベル化学賞受賞者)、Donald Lamb氏(NASA研究者); Sharon Long氏(スタンフォード大学生物学者)。ノーベル賞受賞者が2人もいるそうそうたるメンバーですが、マケイン氏のほうは、このような科学アドバイザーチームは明らかにしていなかったということです。(注1)

アドバイザーチームのOmmen氏は、記事のなかで、「ブッシュ政権を熱烈に批判してきた人物」と表現されています。こうした科学者がなぜいるかというと、ブッシュ政権による科学研究への検閲・介入が以前から問題になっていたからです。(2004年の過去記事「4000人以上の科学者ら、ブッシュ政権の科学政策を批判」や、「「ブッシュ政権による科学の歪曲」を暴く本」などは、そういった動きを紹介しています)

さらに、共和党の副大統領候補が「創造説を学校で教えることを支持する」ペイリン氏(日本語版記事)になったことは、マケイン氏陣営の「非科学」的なイメージを高めました。

米国では従来から、「科学的な米国」と「宗教的な米国」の熱い争いが存在(日本語版記事)していますが、今回の大統領選は、この両者の争いにおいて「科学」が勝った、という形としても見ることができるでしょう。

もっとも、科学界はブッシュ政権第1期めからこの政権を批判してきたにもかかわらず、その批判は政権交替につながるものではありませんでした。今回「科学」側が勝利した背景には、米国が、現在の苦境を脱出するための手段のひとつとして科学技術に集中しようとしている、という構造もある模様です。

オバマ氏が9月に発表した、科学技術に関する政策方針(PDF)については、61人のノーベル賞受賞者が賛成を表明していますが、この際、明確に、「米国の競争力を高めることに関して科学技術が持つ力」をオバマ氏が強調していることを称賛しています

また、例えばワイアードのビジネス・ブログ『Epienter』の英文記事は、現在の経済危機を脱出する道は技術産業だ、と主張しています。

「ヒューレット・パッカード社は大恐慌さなかの1939年に誕生した。マイクロソフト社が生まれた1975年は不況の最中であり、インフレはひどく失業率は9%だった。Time誌は1975年には"資本主義は生き残れるか"というカバーストーリーを出すほどだった」という語り出しはなかなか読ませますが、ただ「脱出できるというその根拠は」という部分では、新興企業の操業コストが安くなる、才能ある人を雇いやすくなる、良いアイディアだけが選別される、というようなことが書かれていて、この道もそう簡単ではなさそうです。しかしいずれにしろ、経済危機を脱出する方向は新興技術産業だ、という宣言は、たしかに今まで数多くの新しい技術と産業を生み出してきた、米国らしい内容だと思います。

オバマ氏は、代替エネルギーの技術開発など、環境対策を兼ねた「グリーン雇用」のため、今後10年間で1500億ドル(約15兆円)を投資する方針であると報道されていますが、「脱石油」を中心とした環境技術ビジネスを新興させる方向で経済的苦境を脱出しようという主張は、すでに今年3月ころからワイアードに登場していました(日本語版記事など)。

一方、軍事技術を中心にして広範囲な新技術開発を行ないそれをビジネスにもつなげていく、というのはもともと米国のお家芸です(注2)。おそらく米国は、そういう面も含めて、今後さらに一層、「科学研究→新技術開発・新興ビジネス拡大」を推進しようとするのではないでしょうか。こうした動きがどうなっていくのかについて、今後も注目していきたいと思います。

(注1)オバマ氏には強力な技術政策アドバイザー委員会も付いていました。全員のリストを紹介している英文記事によると、AOL社やモトローラ社などITを中心とした多数の企業のCEOのほか、スタンフォード大学のLarry Lessig氏や、Craig's ListのCraig Newmark氏なども見ることができます。Google社のCEOであるEric Schmidt氏も、オバマ氏の経済アドバイザー委員会に所属しています。

(注2)「既存の技術の効率化を図る」ということではなく、「全く新しい技術を作り出す」には、基礎研究が充実している必要があります。どの研究がどのように役立つかわからないからです。オバマ氏が8月末に、前述のScience Debate 2008に対して答えた回答では基礎研究への支出を2倍にするとしていましたが、その後経済状況が悪化した段階でも、同氏の科学アドバイザーチームの科学者は、科学研究は現在必要な投資であり同じ方針を貫くべきだと述べています。一方、軍事技術開発は、経済性を度外視して基礎研究が行なえる領域であり、ワイアードでも以前からお伝えしているように、米軍は代替エネルギーなどにも焦点をあてて広範囲な研究を行なっています。

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Wiredの翻訳を担当しているガリレオ。日本国内や世界の様々なところに住む翻訳者や開発者が、ネットワーク上で協業している。Twitterはこちら

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