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藤田郁雄の「サバイバル・インベストメント」

新鋭のプログラマーが、現代ポートフォリオ理論をhackすることで、経済的自立の構築を模索する。

第5回 なぜ株は資産運用に向いていないのか?

2007年12月 8日

(これまでの 藤田郁雄の「サバイバル・インベストメント」はこちら。

「投資」と聞くと、まず株式取引をイメージされる方が多いと思います。実際に各証券会社の決算書を見てみると、株式取引手数料が収益の中心となっていますので、既存の個人投資家たちは主に単元株を用いて資産を運用していることが分かります。(第2回に書きましたとおり)株式は期待収益率が高く、また日本の株式手数料は世界各国の中でも群を抜いて安いのですから、たしかに利殖の手段としてはベストです。

しかし、それでも私は個別株取引が弾力的な資産を形成するのに有効とは考えていないのです。


■あなたは企業に資産を委ねられますか?
2007年10月30日、建築素材などを扱う東証一部上場のニチアス社は耐火性能を偽って国の認定を取得していたと発表しました。社歴は40年をゆうに超え、東証一部の年間値上がり率が1位になったこともあるニチアス株は、偽装発覚直前まではいくつかの大手証券会社の推奨レポートにも取り上げられ優良銘柄と考えられていました。

しかし、もしも10月22日にニチアス株へ1,000万円を投資していたなら、わずか3週間で約675万円を失った計算になります。これは極端な具体例ですが、事前に察知できようのない不祥事によって大暴落した銘柄は、昨今の食品業界の偽装事件を引き合いに出すまでもなく、数え切れないほどあります。

あなたは、これらの株式銘柄に投資することは無いと言い切れるでしょうか?少なくとも私は、P/LやB/S(*1)などの僅かな情報だけで企業に投資する気にはなれません。これらの資料だけで銀行が企業に融資することがないのと同様に、私もギャンブルはしたくないのです。


■資産運用に時間をかけるのはナンセンス
このように少数の企業だけに投資すると、表に出てこない情報によって大きな損失を被る可能性があります。これを回避する為には、投資対象を増やすことによって1社あたりの株価の影響を薄めるという手法が一般的です。ちなみに米国株での検証によると、だいたい20銘柄程度に分散すれば1社あたりのリスクを大幅に低減できるとされています。一昔前までは複数の銘柄へ分散投資するのに多額の資金が必要だったのですが、今は「ミニ株」(*2)というサービスを取り扱う証券会社が増えましたので、たとえ小額であっても低コストで国内株式への分散投資は可能になりました。

しかし、複数の株式への分散投資が投資理論上は良い方法であったとしても、作業時間に対して効率良く収益が上げられなければ意味がありません。
例えば、国内の株式市場だけでも4,000を超える銘柄がありますが、これをどのような方法で20銘柄に絞り込んでいく(銘柄を選択していく)のでしょうか?そして絞り込んだ20銘柄はそれぞれ株価が異なるので、株数でポートフォリオ内のバランスを調節していくのですが、どのようなルールで買い付けていくのでしょうか?
以前、私もミニ株で小型割安株式のポートフォリオを作ってみましたが、「銘柄選択」で10時間程度、「売買ルール」の決定では30時間ほどかかってしまいました。そして毎日の売買執行や配当の換金などの作業時間を加味すると、1ヶ月あたり約45時間ほど資産運用に時間をかけている計算になります。
自分の役員報酬を時給換算して、運用で得た利益と比べてみると、とても割に合ったものとは言えませんでした。

資産の形成を時間対効果で考えるならば、仕事に関する時間を大きく取って、証券取引に関する時間は小さくするべきでしょう。


■銘柄選択よりも市場選択の方が重要
以下は2007年1月を始点とした各国の株式市場の騰落率ですが、日本市場のみ今年の夏からマイナス推移が続いています。
(*3)
国内取引の6割を占める外国人投資家からは「ジャパン・バッシング(日本株不調を非難)を通り越して今やジャパン・ナッシング(日本株は不要)だ」と揶揄されているとおり、投資家心理が改善されないと、たとえ過去最高益を更新する好決算を出したところで正当に評価されず、株価にも反映されないでいるのです。
つまり騰がらない市場の中で、いくら銘柄の選択に思いを巡らせてみても収益性の向上に与える影響は少ない。であれば、各国ごとの市場にどれだけ投資していくのかを考えた方が有意義ではないでしょうか?

そして外国株へ分散投資するには(未だ海外ミニ株・債券は存在していないので)多額の資金が必要になってしまいます。現状では、コストの安い投資信託や海外ETFを経由して外国株に分散投資するのが最も敷居の低い運用方法だと思います。


■個別株は資産運用に向いていない
さて今回は、個別株取引の弱点として最初に「信用リスク」(証券が紙くずになってしまう危険性)を挙げました。これを払拭する方法として20銘柄以上の分散投資を提示していますが、そもそも時間対効果が低いこと、そして外国株への分散投資は現状は困難であることを示しました。
結論として理論上では個別株取引は非常に有効な方法ではあるが、実際の証券会社のサービスや私たちのライフスタイルを考慮すると良い運用方法とは言えないということになります。
(逆に、海外の証券会社にアクセスできて、有り余る資産と時間をお持ちの方には株式投資が合っていることになりますが、このブログでは一般的な給与所得者をメインに考えていきます。)

弾力的な資産を形成していくのに有効なインデックスファンドやETFを用いる方法については、「第3回 合理的に資産を設計する」に書いてありますので、参考にしてみてください。

* * * * *
(*1) 損益計算書、貸借対照表のこと。企業が経営状態に関する情報として株主や債権者に提供する。ファンダメンタルに基づいた投資を行う際には重視されるが、私はトレードに用いる材料としては希薄と考える。
(*2) 最低取引株数を撤廃して1株単位や売買単元の10分の1から取引できるようにした証券会社独自のサービス。例えばSBIイー・トレード証券の単元未満株(S株)であれば、手数料0.63%(税込)で取引できる。
(*3) 日本株はTOPIX、アメリカ株はS&P500、イギリス株はFTSE100、ドイツ株はDAX、中国株はHang Seng、インド株はBSE30の月足(2006/12/31から2007/12/7)を元に筆者作成。

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プロフィール

1976年生まれ。経営者、個人投資家。ハンドルネームは「銀座人」。「市場は長期的には効率的」という持論を実証すべく、資産運用の成果をウェブサイト上に公開している。著書に『みんなの投資』(ダイヤモンド社)。