第8回 デイトレーダーはバカで無責任なのか?
2008年2月18日
(これまでの 藤田郁雄の「サバイバル・インベストメント」はこちら。)
日本の株式市場が各国の市場を率先して急落している中、先日の経産省事務次官の発言には失望させられた方も多いと思います。
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(以下は2008年2月8日 朝日新聞より引用)
経産次官「デイトレーダーはバカで無責任」 講演で発言
経済産業省の北畑隆生事務次官が講演会で、インターネットなどで株売買を短期間に繰り返す個人投資家のデイトレーダーについて「最も堕落した株主」「バカで浮気で無責任」などと発言していたことが分かった。
[中略]
北畑氏はデイトレーダーについて「経営にまったく関心がない。本当は競輪場か競馬場に行っていた人が、パソコンを使って証券市場に来た。最も堕落した株主の典型だ。バカで浮気で無責任というやつですから、会社の重要な議決権を与える必要はない」と発言。デイトレーダーに適した株式として、配当を優遇する代わりに議決権のない「無議決権株式」を挙げ、上場解禁を唱えた。(*1)
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これは、市場に関する理解が絶対的に欠けている浅薄な視点であるのは言うまでもないことなのですが、今回は閑話休題的に、株式と市場の原理原則について書いていこうと思います。
■ どこに問題があったのか?
既に方々で批判されていることなのですが、集約すると以下の3点において問題があったといえます。
1. 所有と経営の責任分離に対しての無理解
所有者(株主)は出資分だけの有限責任を負うことで、幅広い多くの出資を募ることが可能となり、ひいては生産性や付加価値の増大、企業の永続的発展へとつながる。したがって、資本主義の発達において株主は「経営にまったく関心がない」でも何ら問題はない。
2.株主平等の原則に反している
株主資格に基づく法律関係(主に会社法109条1項)および慣習的に、日本の株式会社は株式内容と株主取扱の平等を原則(*2)としている。したがって、現在のところは株主を「会社の重要な議決権を与える必要はない」と差別してはならない。
3.自身の置かれている立場の無自覚
(おそらくご本人は、1.と2.を指摘されるまでもなく完全に理解しているであろうにも関わらず)上記のように報じられたことで結果的に、国内の企業活動をサポートすべき経産省の事務方トップが株式や市場の本質を理解していない無能者と誤解され、市場心理の更なる悪化(=ジャパン・ナッシング)を招きかねない。
さて、(3.はともかく)上記の1.と2.は資本主義の名目としては重要な指摘なのですが、個人の資産運用においては、さして重要なことでもありません。私はインデックスを通じて全世界10,000社以上の株式を保有していることになるのですが、個々の企業の「経営にはまったく関心がない」堕落した株主だからかもしれません。
■ 市場におけるデイトレーダーの存在意義
話が変わりますが、義務教育の理科で「食物連鎖」という概念を学んだことを覚えているでしょうか?自然界の「生産者(植物)」は太陽光をエネルギーとして育ち、それを「消費者(動物)」が捕食し、その死骸を「分解者(微生物)」が土に還して、再び「生産者」の糧になるということですね。そして、通常はそれぞれ三者のバランスは保たれているのですが、どれかが大きく増大・減少すると、他の種にも大きな影響を与えることになります。
この関係と同様に、有価証券市場においても「長期投資家」「デイトレーダー」「証券会社・取引所」の三者は持ちつ持たれつの関係にあると私は考えています。
1.流動性の確保
新興市場に上場している企業の株式をいくつか取引していると、(ストップ安・高など取引を制限されていないにも関わらず)日中に全く値の付かない銘柄に気づくと思います。これは買い手と売り手のどちらかが居なかったり、値段に折り合いが付かないためで、取引量の少ないことが主な原因です。つまり、流動性が低いと買いたい時に買えず、売りたい時に売ることができないという困ったこと(流動性リスク)がおきてしまうのです。
ちなみに、流動性の低い銘柄は新興市場だけでなく東証にもあって、特別な存在というわけではありません。私は、日本株を50銘柄ほど保有しているのですが、なかには日中に一度も値の付かない株式が常時5~8銘柄もあるので、約1割は流動性の欠けている取り扱いの難しい銘柄ということになります。
通常は、リスクを取るとリターンが得られるのですが、低流動性だけは百害あって一利なしです。しかし、デイトレーダーたちが毎日数回~数十回と市場で取引することによって、有価証券の流動性は高まり、他の投資家たちへ売買機会を提供する役割も果たしていることになるのです。
2.市場の活性化
松井証券によると、1日5回以上の取引を行うデイトレーダー数は全体の1%にも満たないが売買代金は全体の 40~50%を占めている(*3)ということですので、証券会社の収益の多くは一握りのデイトレーダーたちに依存していると考えることができます。そして証券会社の収益の一部は、より優良なサービスや商品を生み出すことにも使われていると思います。個人投資家が口座を開くだけで投資ツールを利用することができたり、専門紙を購読できたり、さらには何も買うことなく現金がプレゼントされる(*4)などの恩恵を受けられるのはデイトレーダーたちの貢献が大きい、ひいては市場の活性化にもつながっていくと想像することができるのです。
■デイトレーダーはバカで無責任などではない
デイトレードであっても長期投資であっても、それは投資手法が違うというだけであり、誰からも非難されるいわれはありません。しかし、私の考えにおいてデイトレードとは芸術であって、万人に有効な手法ではない(*5) と考えています。
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(*1)問題発言を削除している講演録[経済産業省:39ページ]が公開されているので、話の前後関係を理解する上で、併せて確認されると良いだろう。また私見だが、氏は「株式を五年以上保有した場合に限って譲渡益課税を軽減する」アイデアを披露していただけに、問題発言がクローズアップされたのは残念に思う。
(*2)ただし、例外(種類株式の規定および少数株主権、単元未満株、非公開会社の定款規定)もある。また、私は法律関連の専門家ではなく、根拠や解釈を誤解している可能性もあるため、何らかの問題が生じた際には法務従事者に要相談することを勧める。
(*3)松井証券松井道夫社長の挨拶から引用
(*4)例えばジョンベスト証券の口座開設キャンペーンでは、50,000円を入金すると何を買うこともなく5,000円を受けることができる。
(*5)特に第4回の 『「何もしない」ことに価値がある』を参照のこと
藤田郁雄の「サバイバル・インベストメント」
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