第3回 メタバース上でのあなたはあなたですか?
2007年8月22日
(藤元健太郎の「フロントライン・ビズ」第2回より続く)
■マルチパーソナリティとメタバース
今話題のセカンドライフは、ビジネスとして成功するかどうかはまだまだハードルが高いと思うが、マルチパーソナル化の議論から見てみるとなかなか面白い題材である。
セカンドライフ上で、アバターがあるアイテムを購入しようとする時、そのアイテムは現実世界の自分の価値基準で判断されるのではなく、アバターという別の人格の自分に似合うかどうかで判断される。普段の生活で周りを気にして地味なファッションの人が、セカンドライフの中では派手でいたいという別人格で参加した時、その人のアバターは別の人格の投影であるため、選択するアイテムは思いっきり派手なアイテムなのかも知れない。
そう考えていくとセカンドライフのようなメタバース上でのプロモーションを行う場合、企業がとりたいコミュニケーションの相手は、別の価値観や人格を持ったセカンドライフ上の住人なのか、それを操作しているリアルなパソコンの前の人格なのかにより、その手法や方法論は変わる必要があるのだろう(ただ現在は、セカンドライフ上での取り組みはマスメディアがニュースソースとして取り上げたり、取り組んでいる企業姿勢そのものが先端的という、別の価値で評価されるという効果が期待できるが)。
例えば非日常を演出するような車やエンターティメントな映画のプロモーションであれば、メタバースの中でのプロモーションは非日常性を増大させることができ、さらにその世界観を広げる方向性に働くという意味で面白い効果が期待できるかもしれない。しかし、極めて日常的な商品であり、リアルな世界での行動に関連するようなシャンプーや生理用品、ひげそりのプロモーションをセカンドライフ上で展開してもユーザーはリアルな自分の人格に引き戻され拒否感を覚えるかもしれない。
ましてや男性なのに女性の人格を楽しんだり、老人なのに若者人格として楽しんでいるような人であれば、現実の自分に対する企業からのアプローチは嫌悪感にも近いものが生ずる可能性すらある。逆に現実的な日用品の情報に対する探索行動は、現在のサーチエンジンに代表される極めて能動的で短い時間で必要な情報を入手したいというニーズの方が強いのではと推察でき、あえてセカンドライフのような現実世界のメタファの中での必然性も薄いのかも知れない。
■シチュエーションパーソナリティ
このようにメタバース上はより別人格が登場しやすいと考えられ、前回触れた「コミュニティパーソナリティ」を意識したマーケティングコミュニケーションが求められると考えられる。
次にもうひとつのシチュエーションパーソナリティについて考えてみたい。
例えばみなさんがランチの時間にメニューを見ているところを想像していただきたい。A定食は980円であるが、隣のB定食は1200円である。B定食は高く、もし頼んだら贅沢をした気分になる人も多いだろう。価格弾性値は高いのがランチの価格感である。次に、同じ日の夜にランチと同じメンバーで飲みにいったと想像してもらいたい。そのとき、メニューを頼む段階で、あなたは一言「適当に頼んでおいてよ!」という言葉を発するケースは十分あるだろう。そこでは、300円から3000円までの品が次々と注文されている。昼間に220円の差に悩んだ同一人物が夜は大判振る舞いである。思い当たる方も多いと思うが、我々にとって価格の感覚とは同一人物でも昼と夜とでしばしば大きく変わる。その状況・シチュエーションでパーソナリティが変わると言える。
例えば携帯に地方の美味しそうなお取り寄せのプロモーションメールを送る場合でも、この2つのシチュエーションのどちらに送るかで利用者の反応は変わるだろう。同様にこのシチュエーションによるパーソナリティの変化は幅広く存在する。例えば家族でテレビを見ている時に通販番組のおねだりされるアナタと、銀座のクラブで美人ホステスに携帯ショッピングで「これ買って!」とおねだりされるアナタでは自分の心に持っている価格の上限に激しい違いがあることもあるだろう。
iTunesミュージックストアで150円で買える音楽でも、ドライブデートの途中で今日こそ、と思っている彼女から急に「あの曲聞きたいなあ」などと言われれば携帯のパケット代に1000円かかることになったとしてもその音楽は手に入れることだろう。
このように人間は時間や場所、一緒にいる人、その時の状況に応じて購買行動にも大きな変化を生じるものであり、今までも心理学的アプローチでこうしたノウハウは蓄積されてきていた。しかしITにより、こうしたきめ細かい状況を把握した上でのコミュニケーションが可能になり、さらに価格を事実上動的に変更できることで、シチュエーション毎に異なるマルチパーソナルなあなたへ マーケティングすることが可能になろうとしている。次回はそこから続けたい。
藤元健太郎の「フロントライン・ビズ」
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