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藤井敏彦の「CSRの本質」

企業の社会的責任(CSR)とは何なのか。欧米と日本を比較しつつ、その本質を問う。

CSRは「すでに起こった未来」:イノベーションの機会を逃すな

2010年1月 7日

(これまでの 藤井敏彦の「CSRの本質」はこちら

新年あけましておめでとうございます。本年も引き続きご愛読の程どうぞよろしくお願い申し上げます。

年の初めといえば、欠かせないものが色々あります。みかんにお酒に芸能番組。あと、英語ではnew year's resolutionsなんて言いますが、「今年の目標」もそのひとつかもしれません。小生、典型的なA型というか、かつてはThe purpose of life is the life of purpose.(人生の目標は目標ある人生)なんて過激な銘を自作して机の右に置いていた目標至上主義者でした。でも最近は突き詰めなくなりましたねぇ。血液型が変わったのかな。

ま、目標といっても「美しく生きよう」とか「クリエイティブにいこう」とかってくらいので十分じゃないかと思います。ジブン仕分けみたいなことやると、新年早々心のデフレスパイラルに陥りかねないし。

もっとも、読者各位がお立てになる「目標」はもう少し具体的かもしれませんね。小生なりに浅慮いたしますに、「目標」とは、手元にある未来であります。目標を立てるという行為には、未来を現在までひきなおして一連のワークプロラムに具象化する、つまり本来見えない未来を可視化する側面があります。未来の不確実性をとりあえず棚上げできるわけです。目標を立てるとなんとなく安心するというのは、そういうことだろうと思います。

目標は今と未来を連接するのです。今回、年の初めにふさわしく同様の視点からCSRを考えてみたいと思うのであります。

かのドラッカー大先生が使われた言葉に「すでに起こった未来」というのがあります。具体的には先進国の人口減少のことを指すのですが、出生率の低下と、出生率低下と人口減少の間の「確定したリードタイム」を併せ、人口減少は今の時点で確実な未来であるとして「すでに起こった未来」と表現されたわけです。さらに、そのような人口の変化は、「産業外部にあるイノベーションの機会」だとも述べられています。(「P.F.ドラッカー経営論集 既に始まった21世紀」ダイヤモンド社)

CSRは持続可能性の危機を背景にしています。ですので「すでに起こった未来」という視点はCSRによく馴染みます。ダイバーシティの要請など、先進国の人口減少と表裏一体で理解できます。もっとも、減少するのは先進国の人間の数だけではありません。天然資源もそう。天然資源のCSR調達は「すでに起こった未来」を経営に取り込む所為に他ならないのです。

生物多様性の問題も同じです。生物多様性の減少は遺伝子情報の減少と同義です。つまり重要な経営資源である遺伝子情報は確実に希少化していきます。将来、地球温暖化防止と同じように様々な国際ルールが作られるでしょう。遺伝子情報のサプライチェーン管理という発想も登場するにちがいありません。CSR報告書によくある「工場の植栽を地元の木にしました」的取り組みに異議があるわけではありませんが、「すでに起こった未来」への対処たり得ているか、という視点から見ればややちがうかもしれません。

企業にとってCSRは「すでに起こった未来」に対応をする機会を提供してくれるものです。ドラッカー先生のお言葉を再度お借りすれば「産業外部にあるイノベーションの機会」なのです。

拙著「アジアのCSRと日本のCSR」では一章を割いてCSRをイノベーションに、そして競争力につなげる方策を考察しています。中から2箇所引用して議論を進めます。

本当のCSRはイノベーションを要求します。
例えば、職場のダイバーシティ向上のためには経営管理手法の革新が必要です。

(働く女性の生産性改善とか、働く女性のいる職場での生産性改善などについての)研究は、社会的要請に応えるためのイノベーションである。欧米の主要企業は長い時間をかけて取り組んできた。このようなイノベーションの遅れはグローバルな競争を戦っていかなければいけない日本企業にとって何を意味するのだろう。

CSR調達という調達のイノベーションは競争優位につながっています。

CSR認証の対象となる原材料の供給に一部で限界が出始めている。...調達可能性自体が競争力に直結する。CSR認証策定時にはアウトサイダーであった多くの日本企業は、当初からサプライヤーとともに認証スキームを作り上げた欧米の競合企業に比べ、供給先として優先順位が低い。将来経営上の脅威となる可能性も否定できない。

「戦略的に必要な経営資源の先行的な確保」という視点はCSRと企業競争力に欠かせないものである。

目標とは「未来を現在までひきなおして一連のワークプログラムに具象化する」ものだと申し上げました。CSRも同じです。未来を現在までひきなおして、具体的経営革新で未来に備えることに企業経営の視点からとらえたCSRの本質があります。

日本の経営は長期的経営だと我々は胸を張ってきました。長期的経営こそ日本企業の競争力の源だと多くの人が語ってきた。欧米企業の経営を否定的に論ずるとき、必ずと言っていいほど彼らは短期的な株価に翻弄されているとの批判がありました。本当にそうなのか、CSRはひとつの試金石でもあるかもしれません。

2020年、2030年の未来の予兆を2010年に感度良くとらえ、予め備えてイノベーションにつなげていけるか。2020年にマーケットがどうなっているか考えてもあまり生産的ではない。でも、2020年の社会や環境の姿を考えることには合理性があるのです。なぜならば、我々は「すでに起こった未来」を目にできるからです。CSRは未来の社会を見る潜望鏡のようなものだとも思うのです。

さて、ということで本年も引き続き読者の皆さんと一緒に色々な角度からCSRを考えていきたいと思います。今年はとりわけCSRを企業競争力に結び付ける、という視点に小さなアクセントをおいてみようかと思っています。「CSRをどうするか」から「CSRをどう活かすか」へ少し重心を移動してみようかと。

CSRに企業が取り組むためのドライバーは必ず企業の中にあって、おそらく我々ははっきりと気づいていないだけだと思うんです。「2010年自分探しの旅」会社編みたいな。

では、みなさん今年も頑張っていきましょう! 小生もガムバッテ自分探し、いや・・・やめとこ。今更別の自分に登場されても面倒見切れないし。

一応、血液検査だけ受けとこ。

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プロフィール

1964年生まれ。経済産業研究所コンサルティングフェロー。経済産業省通商機構部参事官。著書に「ヨーロッパのCSRと日本のCSR-何が違い、何を学ぶのか」、共著に「グローバルCSR調達」がある。

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