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藤井敏彦の「CSRの本質」

企業の社会的責任(CSR)とは何なのか。欧米と日本を比較しつつ、その本質を問う。

SRI「逆スクリーニング」の勧め

2009年3月 9日

(これまでの 藤井敏彦の「CSRの本質」はこちら

ご無沙汰です。更新を怠っていたわけではないんです。ワイアードビジョンさんの新しい編集方針の下、ブログは月一回の更新になりました。頻度を下げるかわりに濃密にいきます。どうぞ引き続きご愛読いただきますようお願い申し上げます。

月報化の一回目。日本のCSRを一歩前に進めるための試案という形でいきますね。経済危機の中、あらゆるものが困難に直面しています。企業のCSRへの取り組みも例外ではありません。ただ、こんな時期だからこそ基礎的なところを見直して将来に向けて布石を打つことが重要ではないでしょうか。そのための方策を練りたいと思います。今回はSRI(社会的責任投資)です。

「日本のCSR」はSRIに始まったという点に特徴があります。忘れもしません。ワタシが国内でCSRの講演を最初にしたのが2003年の11月でした。出張で東京に戻ってきたときに。当時は世の中まだ「CSR?なんのこっちゃ?」という感じだったわけですが、その最初の講演で最初に受けた質問は次のようなものでした

「SRIの質問票が山のようにきて対応できない。どれに答えたらよいか教えて欲しい」

「CSRってなんのこと?」という世状と「SRIの質問状の洪水なんとかして」っていう企業の悲鳴が奇妙に同居していたわけです。これが日本のCSRの困難な出発点であったように思えます。そして我々はその困難さを今でも引きずっている。「CSRに取り組む目標はSRIファンドに選ばれること」といった歪みね。

もちろん、致し方なかったわけです。海外でCSRを牽引したのはNGOであり政府であったわけですが、国内のNGOは美人薄命的な存在。政府も関心を示さない。このような中で海外のSRIファンド、追随した国内のSRIファンドは「黒船」でした。

最初に議論を整理しておきます。ある企業を投資対象のポートフォリオに組み入れるか否かの判断するにあたり、財務等の狭義の経営上の事項に加え環境や社会的項目も考慮するファンドは少なからずあります。そして、その中には二種類の別があります。一つの類型は、金銭的投資収益を最大にするため、その目的を達成するのに必要な限りにおいて企業の環境・社会面を考慮するファンド。もう一つのタイプは、投資収益を金銭的なリターンのみではなく、広く環境や社会への好影響もあわせ考えるファンドです。いわゆるトリプルボトムライン型ですね。「賢い投資で世の中を良くしましょう」的文句が使われる(使う資格がある)のは後者です。

前者のタイプはあくまで市場に既に内部化されている社会、環境コストを考慮するのであり、社会、環境面を考慮するようになったのは本質的に利益予想をより精緻化する努力の結果です。CSRとかなんとか言うまでもなく利益予想の手法は時間とともに進化するわけです。社会や環境面の考慮は程度の差こそあれ基本的に従属変数ですのでオリジナルの意味でのSRIと呼ぶべきものではありません。ESG投資(Eは環境、Sは社会、Gはガバナンス)って最近呼ばれることが多いですね。例えば、「次世代型SRIの調査手法」としてこんな説明がされたりします。

「持続的商品のビジネス戦略、これは実際に持続的商品がどれだけ売り上げに結びついてくるか、もしくは、まだ売り上げに結びついてこないのであれば、R&Dもしくはキャピタル・エクスペンディチャー、設備投資の中だけでつながっているか、そのような具体的な定量的な数値をお聞かせいただければさらに評価がしやすくなる」

「企業がESG問題をビジネス・チャンスととらえていかに収益に結び付けていくか、この点を積極的に評価していきます。」
(出展)アップル業書第112号「責任投資セミナー2008」三菱UFJ信託銀行

利益最大化型と言い切ると単純化にすぎるかもしれません。ただ、ここで見て取れるのは、「商品のビジネス戦略」へのフォーカスです。典型例を挙げればプリウスみたいな商品戦略を評価しようということ。プリウスの裏面にある廃棄電池の問題(環境問題)への対応を見なくてはいけない、つまりそのような「市場の失敗」を補完することこそSRIの存在意義だ、という発想はほぼ消滅している。

もちろん、だから悪いってわけではありません。利益を求める投資家の自然な要望に沿うものであり、それを批判しても仕方ない。それにリターンをメルクマールにする以上、実現したリターンの高低によって事後的規律がかかります。リターンが低ければそのようなファンドは淘汰されます。だからあえて政策的に考える必然性もない。調査手法のあり方も調査への規律も市場に任せればよいと思います。よってここでは思考の対象から外しましょう。

後者のファンド(トリプルボトムライン型)について考えてみます。そのようなSRIファンドが環境保護や社会的な問題の解決に貢献するためのポイントは、企業の環境保護や社会的問題への取り組みをきちんと評価することに尽きます。よって我々はSRIファンドが真面目に企業評価をするような規律を創り出さなくてはいけません。

これは非常に難しい問題です。既に「環境ファンド様、正義を語る前に」の回でも申し上げましたが、ある企業が本当に環境に優しい企業であるかどうか、ある企業が社会的に責任ある行動をとっていたかどうか、は、株価のように事後的に検証可能なものではありません。これはどういうことを意味するのか。結果による評価がなされないため、投資ファンドは調査の質を改善する動機に欠けるかもしれないということです。「投資を通じて環境に優しい企業を応援しよう」と謳って個人投資家を募り、一方で投資対象になっている企業が本当に「環境に優しい企業」であるかどうかはブラックボックスで、外部からはわからないという構図です。一言でいえば、SRIファンドは外部からのガバナンスを受けていない。一部のSRIファンドは外部からアドバイザーを招くことで一種の「規律」を導入しようとしていますが、このような規律はどうしても「内部規律」化してしまいます。

この問題はなかなか解がないのですが、一つあるのは評価される企業が逆にSRIをスクリーニングするという手ではないかと思うのです。企業の側が一定の基準を明示し、その基準を満たさないSRIファンドの調査には応じないということであります。目的はSRI投資の健全な成長を実現するためですから、基準はきちんと公表し選別も透明性をもって行う必要があります。

例えば、次のようなSRIファンドには回答しないとする。

  1. 以下の情報を開示しないファンド、調査機関
    (1) 一社あたりの平均審査時間
    (2) 調査員の平均SRI調査経験年数
    (3) ファンド組み込みの判断基準
  2. 質問票だけに頼りインタビューを実施しないファンド、調査機関
  3. 公開されている報告書の内容を吟味せずに画一的質問票を送付するファンド
  4. 企業審査とコンサルテーション業務間のファイヤーウォールが曖昧な調査機関
  5. 調査結果を企業側にフィードバックしないファンド、調査機関

以上の項目はあくまで例です。上記のような「逆スクリーニング」の透明性を確保するためには逆スクリーニングの結果回答拒否をしたSRIファンドとその理由をCSR報告書に明記するのも一案でしょう。CSR報告書に「SRIファンドへの対応」という項目をつくって、「○○証券会社の××ファンドは当社のスクリーニング基準のうち△△の項目を満たしていなかったため同ファンドから送付された質問状には回答しなかった。」と書くイメージです。このような企業の対応によってSRIファンドが継続的に調査の質を向上するために必要な規律を作り出せるかもしれません。

「評価する側」と「評価される側」があたかも上下関係のように理解されるとすれば社会的責任投資の発展にマイナスであろうと思います。相互が平等の立場に立ってより良いシステムを考えていく必要があります。SRIファンドの中には調査対象企業の透明性や説明責任を語る一方で自らの透明性や説明責任には口を閉ざしているところも少なくありません。これは公正さに欠く。日本のCSRの将来にとって良いことではありません。

よって、調査される側も諾々と質問票に回答するのではなく、きちんと発言していく義務を負っている。メディアもSRIファンドが行っている企業評価の質を考慮することなくSRIであるというだけで褒めそやすことは慎むべきだと思います。

日本のCSRが前進していくために必要なものはSRIへの無批判な賛辞ではありません。

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プロフィール

1964年生まれ。経済産業研究所コンサルティングフェロー。経済産業省通商機構部参事官。著書に「ヨーロッパのCSRと日本のCSR-何が違い、何を学ぶのか」、共著に「グローバルCSR調達」がある。

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