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藤井敏彦の「CSRの本質」

企業の社会的責任(CSR)とは何なのか。欧米と日本を比較しつつ、その本質を問う。

ピストバイク・ブームと世界同時多発的バブル崩壊をつなぐ鍵

2008年12月29日

(これまでの 藤井敏彦の「CSRの本質」はこちら

先を読むのは常に難しいことです。小生、今でこそ長いものにグルグル巻き状態でありますが、かつては尖がった自転車乗りでした。3ヶ月かけてニュージーランド一周したり。今日の通商交渉業の基盤もそのときに。ペダルこぎこぎ英語修行。

「ハワイ ユー?」
「?・・・・・・・メェ〜〜〜ッ。 ダ、ダダダダダ(300頭一斉に敗走)」

んで、今でも自転車フリークなワタシ。ただピストレーサーが大ブレイクするなんて思いもよりませんでした。夜のコンビニの駐車場。一昔前なら車高を下げた改造車でたむろしたであろうお若い方、競輪選手のお下がりとおぼしきピストを手に談笑しておられます。考えようによっては恐ろしく健全。見方によっては恐ろしく暗い。我が国自動車産業の未来。

ことほど左様に先を読むことに関して今年は特にダメでしたね。2008年の経済的総括を私的にしちゃうと「見通しの悪かった年」ということに。小生、基本的に悲観主義者なのですが、追いつきませんでした。アメリカ版「住専問題」かなって思っていたサブプライム。「世界同時多発的バブル崩壊」を引き起こしてくれました。

アメリカの惨状はご存じのとおり。欧州もしかり。スペインの住宅・建設ブームはあえなく崩壊。一国で失業者が100万人超増加。スペインのGDPはユーロ圏の1割弱ですが、ここ10年ほどユーロ圏の雇用創出に対するスペインの寄与率は低いときでも約3割、高いときは8割ほどにも達していたのです。産油国の経済ブームも終焉。資源国や一次産品輸出国の経済も暗転。金融工学の算式から外されたらゲームエンド。

韓国を除くとアジアは相対的に軽症です。ある西側経済紙、中国の傷が浅きことの理由を説明して曰く「“fashionably basic financial system”のお陰」。中国の「ファッショナブルなくらい未発達で遅れた」(笑)金融システムが経済を救ったって。厭味とも自嘲ともつかない正しい評価。でも、アメリカやヨーロッパや産油国のためにテレビを作っているのはアジアです。「世界の工場」中国でも工場閉鎖が相次いでいる。

「失われた10年」をもたらしたバブル崩壊は日本だけの問題でした。だから海外市場で食いつなげた。もう同じ手は使えません。地下鉄で耳にした金融マンとおぼしき男性の会話

「『ネクスト・イレブン』っていうより、もう『チャプター・イレブン』だな。」
*「ネクスト・イレブン」とはBRICsに続く新市場11カ国の総称。
*「チャプター・イレブン」とはアメリカの倒産法

こんな年はパーッと忘れたいところ。「年初の見通し甘かったなぁ。底を打つのは何年先だろ」って忘年会もシンミリ反省会に。。。

で、CSRです。こんな非常時にCSR。申し訳ないっす。でも、このご時世にCSRを考察するにあたっては二つの視点があると思います。

ひとつは社会の視点。前回も申し述べたのですが、CSRって、そもそもこういう事態に対処するためのコンセプトとして生み出されたものです。これから日本は社会不安を引き起こすような未曾有の失業問題を経験する可能性があります。既に日系ブラジル人労働者の師弟、学校行ってない子供が沢山いる。お父さん失業して。子供も学校も行ってないから将来就職も覚束ない。フランスのアラブ系の若者の暴動と同じ構図。このような社会的危機の回避のために企業の協力を要請するための概念が元々のCSR。未熟練労働者の採用とか育成とかを求めたのです企業に。「社会的責任」として。

「コンプライアンス」に「エコ」に「植林」に「サンポーヨシ」。もちろん、どれも良いこと。でも、結果的には日本はCSRのコアの部分をあえて避けるようにして「CSR」を語ってきたわけ。例えば、コンプライアンスでは現下の問題は解決しない。外国人労働者の派遣契約を一刀両断に切ったって法律違反じゃない。契約を切られた人たちの子供の教育のことまで考える義務も法令にはない。こんな非常時だからこそ「企業の社会的責任」を考えなくてはいけない。日本の社会のために本当のCSRがこれから必要になる。

より巨視的に見れば、「金融危機は我々の未来に何を語りかけているのか」の回で申し上げましたが、今回のグローバルなバブル崩壊は自由経済主義の極北。そうであるならば、「市場をしつける」知恵であるCSRが今こそ必要になる。リベラリズムの修正するひとつの拠り所として。

もうひとつは、会社の視点。「レピュテーション向上」や「CSRランキング入り」のみをレゾンデートルにしていてはCSR部署の将来はあまり明るくないかもしれない。ITバブルが崩壊したとき、多くの企業は環境部さえ大幅縮小したでしょ。今回、より劇的なことが起きても不思議ではないし、既に起こりつつある。CSRが本当に企業経営にプラスであることを示さなければいけない。経営戦略と一体化したCSR。もちろん可能だと思います。

いずれ必ず来るグローバルな景気回復。そのとき、どういうポジションニングができているか。日本企業が「次」の波をつかまえるためには、困難な時期に先を見通して経営を根本的に再構築する必要があります。CSRはその際どうしても外せないはず。ただし、その際に必要になるのは「私たち、愛される企業になります」っていうのとは多分に異質の思考と戦略です。「アジアのCSRと日本のCSR」は小生なりの「異質な思考」の試論。でもまだまだ。みんなで知恵を出し合わなくては。

CSRは、こんな時代にこそ必要で、こんな時代であるゆえに難しい。この二律背反をどう止揚していくか。2009年の課題だと思います。そしてこの難問の答えは、畢竟、我々一人一人の価値観と思考する意欲に還元されると思うのであります。

「人間のおもな関心事とは、喜びを得ることでも、痛みを避けることでもなく、自らの人生に意義を見出すことなのである」(ビクトール・フランクル)

ということで、来る2009年、皆さん、一緒にガムバリましょう。

そうそう、ピストバイク、裸足で芝生を走るようなリニアな感覚が新鮮ですよ。でも気をつけてくださいね。固定ギアだから車輪が回っている限り脚も回し続けなくてはいけません。

「ピストバイク」とかけて「世界経済」ととく。そのこころは「まわり続けていることが肝要」。

良いお年をお迎えください。

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プロフィール

1964年生まれ。経済産業研究所コンサルティングフェロー。経済産業省通商機構部参事官。著書に「ヨーロッパのCSRと日本のCSR-何が違い、何を学ぶのか」、共著に「グローバルCSR調達」がある。

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