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藤井敏彦の「CSRの本質」

企業の社会的責任(CSR)とは何なのか。欧米と日本を比較しつつ、その本質を問う。

あなたは、ヨーロッパの「アニマルウェルフェア」についていけるか?

2008年9月29日

(これまでの 藤井敏彦の「CSRの本質」はこちら

もう9月も末です。なんだかんだ言った挙句、小生、今月初めに夏休みを頂戴いたしました。ただ、遅れに遅れた新刊のスケジュールを取り戻すべく出版社さんに軟禁されて。。。夏の思い出は閉じ込められた部屋の壁と天井(笑)。でもお陰で10月末には出そう。ま、やれやれです。タイトルは、もちろん、あれです。「押忍!CSR男塾」。もちろん、ウソです。

いずれにいたしましても、当ブログでは引き続き先鋭にCSRを追及していく所存であります。で、本題なんですが、会社でCSRを担当するってことには、ある意味トレンド・ウォッチングみたいな面があります。もちろん、「トレンド」といってもファッションじゃないですよ。社会的価値観の新傾向。社会的要請の萌芽とそれが生み出すステークホルダーからの圧力を先んじて読むという意味で。

そういう意味では、「ポスト温暖化」に何が来るかですよね。いろいろありますが、一つ、生物・動物系は注目して損はないんじゃないかというのが小生の意見。

まず、「生物」です。「生物多様性」の問題はこれから間違いなく赤丸急上昇です。来るときは一気にブレイクしますよ。地球温暖化との最大の違いは、因果関係について懐疑を差し挟む余地がないことです。生物多様性が減じていることの原因は、熱帯雨林の伐採にせよ、農薬の過剰使用にせよ、それぞれ明らかですから。

それから、「動物」といえば、まず動物実験の問題。「効能書きと副作用の微妙な関係」(2007年11月26日)でも触れました。動物実験に対するヨーロッパ人の感情の強さを一番よくご存じなのは、おそらく製薬会社で欧州駐在した方じゃないでしょうか。お付き合いさせていただいた製薬会社のロンドン駐在の方、嘆いておられましたよ。自宅まで反動物実験団体から脅迫状が送られてくるって。

これも聞いた話なのですが、とある日本の製薬会社さんのCSR報告書が欧州で「評価するに値しない」という手厳しい評価を受けたとのこと。その理由は、ずばり「動物実験」について触れていないから。

で、動物実験の問題をより一般的にとらえると、それは「アニマルウェルフェア」の問題となります。アニマルウェルフェア、「動物福祉」とかって訳されることもあります。

「農業と動物福祉の研究会」さんのウェッブサイトに詳しいですが、「5つの自由」というのが定義されています。(1)飢え、乾き、栄養不良からの自由、(2)恐怖と絶望からの自由、(3)肉体的なそして温度上の不快感からの自由、(4)痛み、傷害、病気からの自由、(5)正常な行動を示す自由、の5つ。

しかも、この問題、EUが主導権をとりながら、EU域内のルールづくりと国際的なルールづくりが絡みあいながら併走しているという点で、地球温暖化問題にも類似した、ある意味で近年の典型的な「ルールづくり」の構図になっています。

EUは、2006年に「EUアニマルウェルフェア5カ年行動計画2006年−2010年」を発表しています。その中には動物実験を減少させることや、アニマルウェルフェアに関する品質表示や規格の開発、そして、EUがこの分野で国際的なイニシアティブをとること、が記されています。

そして、EUのイニシアティブは通商上の問題にも波及しつつあります。

9月21日付けの日本経済新聞は次のように報じています:

「欧州連合(EU)がアザラシの毛皮取引の禁止措置に動き始めた。カナダなどで行われる狩猟が「動物に苦痛を与える残酷なやり方」というのが理由だ。牛や豚、鶏といった家畜の飼育や食肉加工の方法でも新たな規制措置が検討されるなど、欧州で動物に対しても「権利」や「幸福度」を配慮する風潮が高まってきた。」
「(毛皮の)主要産地のカナダは反発を強め、ロヨラ・ハーン漁業海洋相は『不要な提案に失望した』として世界貿易機関(WTO)の場で争う考えを示している。」

国際機関も動いています。国際獣疫事務局(Organization International des Epizooties: OIE)は2004年に「アニマルウェルフェアの原則に関する指針」を、2005年に「世界家畜ウェルフェア指針」を採択しています。上述した「5つの自由」は2004年の指針で定義されています。

ということで、この「アニマルウェルフェア」、ヨーロッパでは結構なトレンドになっているわけです。CSRのご担当には、是非、パリコレじゃないですが、定期的にヨーロッパのトレンドチェックをお勧めしたいところ。

読者各位はこの「アニマルウェルフェア」の議論、ついていけます? 「つきあってられないよ〜。動物の前にオレのことなんとかしてくんないかな」って反応かもしれませんね。「ウチは医薬関係でも食品関係でもないから、どうでもいいや」って? 甘いかもしれませんよ〜。例えば、このトレンドを考えたらCMで動物を使うときには相当神経を使う必要があると思いますね。動物に曲芸なんてやらしたら「正常な行動を示す自由」の剥奪だって批判されかねません。

おそらく、この「アニマルウェルフェア」の議論は日本とヨーロッパの価値観の相違を示す一つの典型例だと思うんです。EUがWTO協定違反で訴えられるリスクを覚悟してまで「アニマルウェルフェア」を通商政策に反映させようとしているということは何を物語るのでしょう。

それは、この議論が一部の「活動家」の先鋭な主張ではなく、政府が政策に反映させるだけの広い社会的支持を受けているということです。日本では想像もできない状況です。

日本で想像もできない社会的トレンドをつかんで経営への含意を先んじて考えること、これがグローバル経営に必要なCSRだと思うんです。

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プロフィール

1964年生まれ。経済産業研究所コンサルティングフェロー。経済産業省通商機構部参事官。著書に「ヨーロッパのCSRと日本のCSR-何が違い、何を学ぶのか」、共著に「グローバルCSR調達」がある。

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