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藤井敏彦の「CSRの本質」

企業の社会的責任(CSR)とは何なのか。欧米と日本を比較しつつ、その本質を問う。

悪代官の「袖の下」の下にある貧困問題

2008年10月 6日

(これまでの 藤井敏彦の「CSRの本質」はこちら

大分県教育委員会の一件で「汚職」の問題が世間の耳目を集めています。人間の悲しい性の故かもしれませんね。もっとも、「人間の性」ということで話を終えちゃうと物事は改善しません。ワタシ進歩主義的な考えをするほうだとは思うんですが、かといって「職業倫理の向上」を説くっていうのも、今ひとつ、ぽくない。未然防止に貢献するとも思えない。ということで、今回もスノビッシュにいきたいと思います。

世界的に見れば、あの手の事件がごく日常的に起こっている国、というかそもそも「事件」にさえならない国は沢山あるわけです。それから、世の中、なんにつけても「ランキング」が存在するわけです。順番をつけることは、人類共通の欲求なのでしょう。「汚職」についてもしかり。ということで、Transparency International(以下「TI」とします。)というベルリンに本拠を構えるNGOさんが毎年、「世界汚職ランキング」なるものを発表されています。

先般発表された「2008年世界汚職ランキング」ではデンマーク、スウェーデンとニュージーランドが最も「清潔」な国として同ポイントで1位に並んでいます。日本はアメリカ、ベルギーと一緒に18位。ちなみに汚職の蔓延度が高いということでランキングの後方に位置するのは178位にイラクとミャンマー、180位の最下位にはソマリアさんが鎮座ましましておられます。

一般に「ランキング」もの、小生は距離をとって見るようにしているのですが、9月24日のファイナンシャルタイムスは新しく発表されたTIの調査結果を結構大きく扱いつつも次のような留保をつけています。

TIの調査は客観的基準ではなく企業の認識を基にしているため、国の順位は毎年大きく変動し時に誤解を招くこともある。
人々がTIのインデックスを通じて腐敗の問題を見るようになり、調査の成功は自己充足的となっているとの批判もある。

この辺の平衡感覚、日本のメディアにはあまり見受けられないように思います。世論をリードする大新聞も、とりわけ市民団体や外国の調査機関が出すランキングは額面通り受け取って、「上がった、下がった」とだけ論じてしまう。一皮めくると順位づけって以外にガサツになされていることもあるんですが。主観的評価に依りがちなCSRの世界ではそのような傾向が強いと思います。ある賞の審査委員の先生に「どうやって選定するのですか」って伺ったところ、先生曰く「ある程度事務局が絞り込んで、あとは『フィーリング』」。

あ、ちょっと脱線してしまいました。「汚職」の話に戻りましょう。TIの「汚職ランキング」が世間の耳目を集めることの理由です。企業にとって、外国政府の汚職の問題は、「外国公務員への贈賄」の問題に直結します。日本は「外国公務員贈賄防止条約」に参加して関連の国内法規も整備されています。外国公務員に賄賂を贈れば日本国内法で処罰されることになります。当然、「汚職」が蔓延している国でビジネスをするときには細心の注意が必要となります。その意味で、TIの調査にも目を通しておく価値があるでしょう。

ただし、「汚職」の問題はグローバルなアジェンダとして語られるとき、日本国内とはややちがった文脈で扱われることに注意が必要です。

日本では汚職は「倫理」の問題であり、さらに煎じつめれば「法令遵守」の問題です。もちろん、汚職には「倫理」と「遵守」の問題としての側面は常にあります。しかし、汚職がグローバルな公共課題として認識されているのには、もう一つの理由があります。それは、汚職が貧困の大きな要因の一つとして認識されているからです。

汚職の蔓延は外国の投資家の信頼を失墜させます。そのことによって経済成長が阻害される。一例がベトナムです。ベトナムの経済は解放後も長らく停滞していましたが、様々な改革とともに汚職問題への取り組みが少しずつ実を結びはじめたことは、外国資本流入の促進要因となっています。もちろん、まだまだ問題は多いのですが。

もうひとつ、おそらくより大きな問題は、汚職に代表される政府の透明性の欠如は、本来貧しい人々の生活を改善するために使われるべきお金が別の形で使われてしまう事態をもたらすということだと思います。

石油資源開発を例にとれば、石油資源開発に成功すればその国の経済は成長します。しかし、他方でその国の貧困問題が軽減するかといと、必ずしもそうではない。貧困軽減につながるかどうかは、石油採掘から得られる資金がどのように政府の懐に入り、どのように使われるか、に依存するからです。

ここで「汚職」というものがどういう位置づけになるかおわかりになると思います。経済成長が貧困の軽減につながるためには中間に存在する政府の良好な「ガバナンス」が必要であり、「汚職」は良好なガバナンスを損なうものです。

外国公務員への贈賄防止の国際的取り組みには、倫理問題に加え、世界的構造問題である貧困問題の軽減にグローバル企業の協力を求めるという側面があります。日本企業に賄賂を求めてくる外国の悪徳代官の「袖の下」の下には貧しい人々の窮状があるのかもしれないのです。

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プロフィール

1964年生まれ。経済産業研究所コンサルティングフェロー。経済産業省通商機構部参事官。著書に「ヨーロッパのCSRと日本のCSR-何が違い、何を学ぶのか」、共著に「グローバルCSR調達」がある。

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