Wiki Wayレトロスペクティブズ
2007年9月26日
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私事に属する話ですが、当方が初めて翻訳した書籍『Wiki Way コラボレーションツールWiki』(ソフトバンククリエイティブ)が刊行されて、この9月で5年が経ちました。訳者の感慨など他の人にはどうでもよいことは承知していますが、当方の人生で最も苦しかった時期に作業を行ったという意味で忘れられない仕事です。
あれから5年、Wiki を巡る状況は大きく変わりました。今ではニューズウィークのような一般誌で「ウィキ」の記事を見ても驚きませんし、ビジネス書に『ウィキノミクス』なる書名が冠されるなど、言葉の認知は IT 業界の外にも広がっています(さすがに「ウィキブランド」なるバズワードには面食らいましたが)。
もちろんそれに最も貢献したのはオンライン百科事典 Wikipedia の存在でしょう。そして Wikipedia の成功に、Wiki というシステム自体のシンプルさと柔軟さが大きく貢献したことに疑問の余地はありません。ウォード・カニンガムが1995年に WikiWikiWeb を発明したとき、当然ながら「Web 2.0」という言葉はなかったわけですが、プラットフォームとしてのウェブ、読み書き可能なウェブ、ユーザ参加型、CGM といった Web 2.0 を説明するのに用いられるキーワードは、そのまますっぽり Wiki にあてはまります。これは Wiki が流行を先取りしていた……のではなく、ウェブの本質を掴んでいたというべきでしょう。
『Wiki Way』は、その翻訳作業を通し、また刊行後も当方の世界を広げてくれましたが、時々ふと Wiki とはそもそも何なのだろう、何をもって Wiki といえるのかという疑問が頭をもたげ、考えをうまく言語化できずにもどかしく思ったりします。
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第1回でも取り上げた『CONTENT'S FUTURE』(翔泳社)において、最も異彩を放っているインタビューイが江渡浩一郎氏です。特にインタビューの最初に数ページに渡り、Wiki の父ウォード・カニンガムが辿った、パターンランゲージ〜デザインパターン〜HyperCard〜WikiWikiWeb という流れをノンストップで語るところなど圧巻です。
当方は江渡さんが明晰に語りまくる姿を想像して慄いたのですが、著者の津田大介氏によると編集作業の賜物なようで、江渡さん自身も「すごい編集能力」と賞賛していました(この原稿を書いている間に江渡さんのインタビュー動画が公開されましたので、そちらもご覧ください)。
当方が江渡さんのインタビューに異質なものを感じるのは、『CONTENT'S FUTURE』に登場する人たちの中で唯一、氏が現役のアーティストであり、かつ現役のハッカーだからだと考えます。
インタビューでは、江渡さんらが手がける Wiki 型ポッドキャスト文字変換サービス Podcastle が主に取り上げられていますが、氏は Wiki とメーリングリストを合体させた qwikWeb の作者でもあり、この5年ほど Wiki の研究を専門にされています。
件のインタビューでは、上記の流れの根底に流れる「ユーザ自身が、使うものを書くべきである」という思想が、「情報を読む人が、すなわち情報を書く人である」として Wiki につながっていることが示されています。これについては、江渡さんの以下の二つの論文に詳しいです(いずれも PDF ファイル)。
個人的には、今後 Wiki の遺伝子がより深くウェブに浸透することで、Wiki という名前と関係なしにもっと広く利用されることになると予想していますが、これからも折に触れ江渡さんの論文に立ち返ることになるでしょう。
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さて、ここからは余談に属する話ですが、今回のタイトルは、本原稿の公開と時を同じくして刊行される『アジャイルレトロスペクティブズ 強いチームを育てる「ふりかえり」の手引き』(オーム社)のもじりです。
光栄にも訳者である角征典氏(a.k.a kdmsnr)より献本いただいたのですが、角さんと当方は年齢が5つ違いで、つまり2人とも20代最後の年に初めての訳書を世に出したことになります。もっとも『Wiki Way』翻訳とともに燃え尽き、こうして原稿を書きながら一人寂しくまた一つ歳を取ろうとしている当方と、人生の伴侶を得て今後益々活躍の場を広げていくに違いない角さんを同列に扱うべきではないでしょうが。
Wiki の父であるウォード・カニンガムは、アジャイル開発手法においても重要人物であり、また今では連載名にも使われる角さんのもう一つの通称「児玉サヌール」の命名者は実は江渡さんだったりするなど、今回の文章に登場する人たちは、こうして実は同じ水脈を有し、つながっているのです。
強引なまとめはともかく、ワタシのような乏しい能力しか持たない人間が、これらの才気に溢れ、優れた仕事をしている人たちと何がしかのつながりを持てたことをワタシは誇りに思いますし、『Wiki Way』という書籍の力に改めて感謝せずにはいられません。
yomoyomoの「情報共有の未来」
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