深海の超好熱古細菌が作る、未来の水素社会 (4)
2008年5月23日
スーパーヒドロゲナーゼ大量生産に立ちはだかる壁
──実用化するためには、どのような課題があるのでしょうか?
大量のスーパーヒドロゲナーゼを安価に作ることですね。現在は、Aeropyrum camini を100L分培養しても、そこから取り出せるのは約2mgの酵素にすぎません。大腸菌にスーパーヒドロゲナーゼを組み込んで、大量生産を行う技術を確立する必要があります。
──スーパーヒドロゲナーゼを人工的に合成することはできないのですか?
あらゆるタンパク質についていえることですが、人工的に合成する仕組みは極めて高価になる上、天然のものと全く同じ活性を有するタンパク質を合成することは困難です。タンパク質はアミノ酸が特定の順番でつながれば出来上がるというものではなく、特定の状態に折りたたまれて、活性を持つようになります。これには温度やその他の環境因子が大きく作用し、細胞内にあって初めて起こり得ます。
──Aeropyrum camini 自体を大量に培養することはできないのでしょうか?
Aeropyrum caminiの培養速度や収量は、超好熱菌としては例外的に大きいのですが、それでも大腸菌ほど大きくはありません。
また、大腸菌を使った方がはるかに簡単にスーパーヒドロゲナーゼを取り出せます。仮に、Aeropyrum caminiの遺伝子を組み込んだ大腸菌ができたとしましょう。大腸菌は常温菌なので37℃くらいの環境で培養し、増えた菌を遠心分離機で集め細胞を破砕して、90℃に熱します。すると、大腸菌自身のタンパク質はほとんど失活して沈殿し、スーパーヒドロゲナーゼだけが活性を保った状態で残ります。
Aeropyrum camini そのものを培養した場合、すべてのタンパク質に耐熱性がありますからスーパーヒドロゲナーゼだけを取り出すのが困難です。大腸菌などを使うのと使わないのでは、コストが数桁違ってきます。
──大腸菌に遺伝子を組み込むのも難しいのですか?
Aeropyrum camini の全ゲノムはすでに解析されており、ヒドロゲナーゼを作る遺伝子もわかっていますが、それを大腸菌に入れても活性化したヒドロゲナーゼは作られないのです。
ヒドロゲナーゼは、タンパク質として作られた後に「成熟」(マチュレーション)という過程を経る必要があります。別の酵素など7つほどの因子が働いてようやく活性を持ったヒドロゲナーゼになります。また細胞膜に結合したヒドロゲナーゼも存在し、本酵素を細胞膜から可溶化することも、他生物で発現させることも困難です。
──技術的なブレークスルーが必要と。
こうした成熟過程や細胞膜タンパク質の仕組みは、バイオテクノロジー全体の課題であり、人工タンパク質にもつながってくる重要なポイントです。
実現の目処はまだ経っていませんが、個人的には核融合などの技術よりはだいぶ早いのではないかという印象を持っています。いずれにせよ、どれくらいの企業が積極的に研究に参加するか、人材や資金がどれくらい投入されるかで状況は大きく変わってくるでしょう。
──水素産生以外に、好熱菌はどう利用できますか?
生分解性プラスチックなど人間にとって有用なものを、好熱菌を用いてCO2から作れないか研究中です。
研究者プロフィール
左子 芳彦(さこ よしひこ)
1976年京都大学農学部水産学科卒業、1982年同大学農学研究科博士課程退学、農学博士取得、1982年京都大学農学部助手、2004年より京都大学農学研究科応用生物科学専攻教授。専門分野は海洋微生物学、主に海洋性超好熱菌の分子微生物学と遺伝子資源の開発研究に従事。
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