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山路達也の「エコ技術研究者に訊く」

地球と我々の未来の行方を左右するかもしれない、環境系技術研究の現場を訪ねる。

水プラズマで産業廃棄物を分解せよ! 1/2

2008年1月10日

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オゾン層を破壊するとして、生産中止になったフロン。現在はオゾン層への影響が少ない代替フロンが使われるようになったが、代替フロンであっても温室効果は二酸化炭素の数千倍もあり、適切な分解処理が必須なのは変わりない。

そんな中、東京工業大学 大学院総合理工学研究科 渡辺隆行准教授の研究チームが、「水プラズマ」を用いた廃棄物分解装置の開発に成功した。持ち運びできるほど小さいこの装置を使えば、フロンやハロン、PCBといった物質を安全に分解できるという。

プラズマっていったい何だ?

──プラズマを使ってフロン(※1)やハロン(※2)、PCB(※3)などの分解処理を行う小型のシステムを開発されたそうですね。しかし、そもそもプラズマというのは何なのでしょう?

プラズマはよく第4の相といわれます。水を例に取れば、大気圧下で0℃の時、固体の氷から液体の水になり、100℃になると気体の水蒸気へと変わります。固体は分子同士ががっちりと組み合わさった状態ですが、エネルギーが加わると結びつきが緩やかな液体に、もっとエネルギーが加わると分子が活発に動ける気体になります。

さらにエネルギーを与えて1万℃くらいになると何が起こるかといえば、電離した状態になるんですね。気体までは分子同士の結びつきが緩くなっていくだけなんですが、今度は原子核と電子の結びつきが弱くなり、電子が飛び出してきます。このような状態をプラズマといい、電離気体と呼ぶこともあります。厳密な科学的定義は少し違いますが、プラズマ=電離気体と考えて9割方間違いないでしょう。

──エネルギーを与えるというのは、熱を加えることなんですか?

渡辺隆行准教授(東京工業大学 総合理工学研究科 化学環境学専攻 准教授)

基本的にはそうです。そうやってエネルギーを与えていくと、物質の持つエネルギーが高まり、さまざまなことに利用できるようになります。固体の氷は安定しておりエネルギーも低いため、用途が限られます。液体の水になるとお湯としてかろうじて利用できるようになり、高温の水蒸気は幅広い用途に使われます。そして、プラズマを利用する理由の1つも、1万℃という高温にあります。

ちなみに、気圧が低ければ室温でもプラズマを作ることができます。例えば、蛍光灯の中はプラズマ状態になっています。こうした低温プラズマでは、原子はあまり活発に動き回らず、電子だけが高いエネルギーを持って飛び回っています。軽い電子だけがエネルギーを持っていても(温度が高くても)、重い分子や原子の温度が高くないと、人間には熱さが感じられません。なお、蛍光灯の場合は、プラズマで光っているわけではないことに注意してください。プラズマは光を放ちますが、蛍光灯では動き回っている電子が蛍光体にぶつかって光っているのであって、雷(これもプラズマ)などとは光る原理が異なります。

余談ですが、宇宙空間では99.9%の物質がプラズマです。太陽などの恒星は核融合を行っており温度も高いのですが、それ以外の場所は真空状態に近く、低温プラズマの状態にあります。地球上のように安定した固体や液体として物質が存在することの方が、宇宙ではまれなのです。

水プラズマが噴出する様子(ムービー)。1万℃に達するプラズマによって、王冠も一瞬で溶解する

バラしてもバラしてもすぐにくっつく、厄介者フロン

──産業的には、1万℃という高温が利用されているのですね。

大気圧で作るプラズマを熱プラズマといいますが、従来はその名の通り、プラズマの熱だけを利用していました。1万℃ではどんな物質も溶けますから。主な用途は、溶射、溶接、灰溶融の3つです。

溶射というのは、物質を溶かして別の物質の表面に被膜を作ることをいいます。航空機エンジンのタービンでは、金属にセラミックの粉末を溶射して耐熱性を高めています。工事現場で使われる溶接も熱プラズマを利用しています。金属と金属をくっつけることですね。アーク溶接という言い方をしますが、アークというのは熱プラズマとほぼ同義と考えてよいでしょう。

廃棄物の処理に使われるのが、灰溶融(ash melting)です。有機物を燃やすと一酸化炭素、二酸化炭素、水が出ると同時に、灰が残ります。灰はふわふわして扱いにくいですし、重金属が含まれていると水に溶け出して危険です。そのため、熱プラズマを使って灰を溶かし、ガラス状に固めて捨てるのです。日本でも30基以上の灰溶融設備が稼働しています。

──フロンやハロンはどうやって分解するのでしょう?

実は、フロンやハロンの分解自体はとても簡単なんですよ。フロンにはいろいろな種類がありますが、基本は炭素(C)、水素(H)、塩素(Cl)、フッ素(F)などの元素からなる化合物です。ハロンは臭素(Br)を含むフロンを指します。フロンやハロンは電気炉などで1500~2000℃に加熱するだけで分解できてしまいます。認可の関係上、実験室ではフロンやハロンしか使えませんが、PCBやダイオキシンでも原理は同じです。

ところが厄介なことに、温度が低くなると、再度元素が結合してしまうんですね。せっかくフロンを分解してもまた別のフロンを作ったり、ダイオキシンが生成されたり。要するに、炭素(C)がフッ素(F)や塩素(Cl)などと再び結合しようとするのが問題なのです。

プラズマを使ってフロンを分解するのはなぜ?

──では、なぜプラズマを使うとよいのですか?

最初にプラズマは電離気体だと言いましたが、これがキーになります。プラズマの中では原子や電子がバラバラになっています。例えば、水(H2O)をプラズマにすると、OとHのラジカルが生まれるのです。ラジカルというのは、電気的に不安定な状態にある原子やイオンのことで、他の原子と非常に反応しやすいという性質を持っています。一方、フロンは、C、H、Fのラジカルに分かれています。

この状態で温度が低くなると、CはHやF、Clなどと結びつく代わりに、Oと結びついてCO2(二酸化炭素)やCO(一酸化炭素)になるんですね。そして、HはFやClと結合して、HF(フッ化水素)やHCl(塩化水素)になります。これらの物質の処理は簡単で、フッ化水素ならアルカリ溶液で吸収すれば、最終的にホタル石(CaF2)が出来上がります。

プラズマの高温に加えて、電離気体という化学的特性も利用しているのです。

──水のプラズマを使うのがポイントなんですね。

水プラズマを使ったフロン分解装置の仕組み。放電領域で、フロンはC、H、F、水はH、Oのラジカルへと瞬時に分解されてしまう。温度が低くなると、FやClなどはHF、HClとなり、アルカリ水溶液で回収される

分解するためのプラズマは、水でもアルゴンでも空気でも何でもいいのですが、アルゴンで分解してもけっきょく変な化合物ができてしまいますからね。

水素(H2)や酸素(O2)をプラズマ化してもよいのですが、水素は爆発する危険がありますし、だいいち高価です。それならどこにでもある水を使おうということです。

水プラズマによるフロン分解装置の実物。左がプラズマの放出装置。右にある筒(小さなバケツ程度の大きさ)で、フロンの分解と回収が行われる

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プロフィール

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして独立。ネットカルチャー・IT・環境系解説記事などで活動中。『進化するケータイの科学』、『弾言』(小飼弾氏との共著、アスペクト)、『マグネシウム文明論』(矢部孝教授との共著、PHP新書)など。ブログは、こちら

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