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歌田明弘の「ネットと広告経済の行方」

ドラスティックに変化し続ける広告経済とネットの関わりを読み解く

ブランド広告が衰弱する理由

2009年7月21日

(これまでの 歌田明弘の「ネットと広告経済の行方」はこちら

 TBSが視聴率低迷で苦しんでいるようだ。7月7日の朝日新聞によれば、今年4~6月のTBSの関東地区の平均視聴率は、ゴールデンタイム(午後7時~10時)9.8%、プライムタイム(同7時~11時)9.9%、全日(午前6時~翌午前0時)6.4%で、NHKと在京キー局の中で3帯とも5位という初めての事態だという。番組改編が裏目に出て、夕方のニュース番組を1時間遅らせて8時近くまでにしたり、昼の情報番組を4時間枠にしたことなどが成功していないようで、今月、急遽、異例の番組改編をし、中高年を意識したものにするそうだ。

 その一方、BSは視聴率が上がっているらしい。
 7月8日の読売新聞朝刊によれば、ゴールデンタイムの視聴率が急上昇しているという。これは野球中継の影響だそうだが、BSチューナーの普及率が46・7パーセントに達したのに加え、一部の新聞が、民放と並んでBSの番組表を最終面に載せるようになったことも関係していると書いている。そして、若者向けの地上波テレビから知的満足度の高いBSに中高年層が移っていると専門家のコメントを載せている。
 テレビは「中高年のメディア」の度合いを少しずつ確実に強めていくのだろう。

 電通の売り上げ高を見てもテレビ広告の厳しさはわかる。前年比6割台の月もある新聞や雑誌よりはまだましだが、テレビの売り上げも、今年に入って、1月と3月が前年比90~93パーセントだったのを除けば、ほかの月はいずれも80パーセント台である。
 新聞や雑誌の広告については構造的な問題が指摘されているが、テレビはどうなのか。

 これまで販促につながるネット広告の話をおもに書いてきた。ネット広告は広告効果がわかるということで評価されているが、広告には、直接的な広告効果がはっきりしにくいブランド広告もある。こうした面でテレビは大きな影響力を発揮すると考えられてきた。
 しかし、ブランド広告も大きな曲がり角に来ている。テレビ界の「ドン」、氏家齋一郎日本テレビ会長が東洋経済1月31日号で、次のように興味深いことを言っている。

「現在の広告減少は景気循環的なものではない。今進んでいるのは、もっと大きい構造的な変化だ。私は3年ほど前から構造的変化が起きていると感じ、社内外で発言してきた。構造的変化とは、端的にいえば流通の寡占の進行だ。」

 30年ぐらい前なら、ビールの価格はメーカーが決めることができた。しかし、いまの日本では、巨大コンビニ群とチェーンストア群が決めている。電機も大型ディスカウントストアなどが価格決定権を持つようになった。アダム・スミス以来の市場メカニズムの前提は完全に自由な市場があるということだが、戦後時間を経るに従って、独占的な企業が各分野で増え、とくに流通で寡占化が進み、広告もそれにともなって変化しているという。
 広告は、自由な市場において商品の送り手と受け手の消費者のあいだで成り立つ情報交換で、その情報交換がたくさん行われることで、消費者はバランスのとれた知識を得られた。しかし、寡占が進むと、メーカーは、マスコミを通じて宣伝するよりも、「強力な流通業者に、セールスプロモーションと称するカネを払って、自分の商品を売ってもらうほうが効率的という考え方になる」。
 また流通業者のほうは、どんなに大きくなっても一つひとつの店舗で勝負しており、店舗の周辺に宣伝するのであれば、チラシなどの広告のほうが効果的で、マス広告はそれほど必要ではないと見るようになってきたと氏家氏は説明している。

 こんなことを言ってしまうと、ますますテレビ広告離れが起こるのではないかと心配になるが、そんなことにこだわらず言ってのけるのが「ドン」のドンたる由縁なのかもしれない。というよりも、広告主は、もはや体験的にそうしたことを理解し実践しており、ドンの発言に左右される段階は超えているということでもあるのだろう。

 「寡占が進展する中でも、消費者金融やパチンコなど新しい産業が次々に大きな広告主になってきた」というインタヴュアーの問いかけにも、氏家氏はこう答えている。

「確かに、新しい産業は出てくるが、寡占化の進展が速い。上位1、2社で寡占するような状況になれば、もうマスの広告は必要なくなる。もちろん広告機能が完全になくなることはありえない。トヨタさんだって、新車を発売する場合、とりあえずマスで市場に告知するだろう。それは変わらないが、量が減っていく」。

 実際、広告量が減り、減った広告を穴埋めするために広告料を引き下げ、収入が落ちるという悪循環が起きているわけだが、この氏家氏の言葉をひっくり返して言えば、寡占化の進展よりも新しい産業が出てくるスピードが速ければ、マス広告は減らないわけだ。しかし日本は、アメリカのように、次々と新しい産業や参入者が出てきて新陳代謝が起きるという具合にはなっていない。ブランド広告にとって厳しい環境になっている。
 氏家氏は、テレビ広告がネット広告に奪われているのではなくて、テレビ広告自体に問題があると考えている。ネット広告はアメリカでも衰退しており、その中身は、検索連動広告のような販促だと言っている。クリック型の広告が伸びているが、それはもはや広告ではなくて販促だというわけだ。
 企業などでは、たしかに広告費ではなくて販促費として計上されているものに重点が移ってきている。経済が低迷し広告費は削減されているものの、売り上げに直接つながる販促費はそれほどではない。それが、ネット広告市場を下支えしている。

 寡占と、新規産業や新興企業の台頭の弱さが広告、とくにテレビが得意としているブランド広告の弱体化をまねいているという指摘は、急速に進行しているマス広告市場の減少を考えるうえで興味深い。
 寡占化が経済全般の変質を起こしているというこの指摘はとても重要だ。この点については次回あらためてとりあげることにしたい。

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プロフィール

『ユリイカ』編集長をへて1993年より執筆活動。著書に『ネットはテレビをどう呑みこむのか』、『科学大国アメリカは原爆投下によって生まれた』、『「ネットの未来」探検ガイド』、『インターネットは未来を変えるか』、『本の未来はどうなるか』など。大学でメディア論などの授業もしている。週刊アスキーで「仮想報道」を連載。アーカイブはこちら 歌田明弘の「地球村の事件簿」

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