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歌田明弘の「ネットと広告経済の行方」

ドラスティックに変化し続ける広告経済とネットの関わりを読み解く

インターネット初のライブ・ソーシャル・ショッピング・ショー

2008年8月 5日

(これまでの 歌田明弘の「ネットと広告経済の行方」はこちら

 オークション(競売)というのは、通常は価格を競り上げていくものだ。ネットでも、ヤフーや楽天のオークションなどはそうなっている。しかし、こうした形しかないかといえば、そうではない。逆に価格を下げていくオークションというものも存在する。
 前回取り上げたキャッシュバック付きの商品検索を始めたJellyfishは、こうしたオークション・サイトを立ち上げている。Smack Shoppingという名前のこのオークションについて、Jellyfishは、「インターネット初のライブ・ソーシャル・ショッピング・ショー」だと紹介している。
 たんにモノを買うための場所というより、一種のショーであり、オークションに加わったり見たりしている人たちのコミュニティでもあるというわけだ。「ショー」の画面では、チャットもできるようになっていて、参加者どうしがコミュニケートすることが可能だ。売買に参加しなくても、最終入札価格をあてるゲームなどのエンターテインメントが提供され、見るだけの人も楽しめるようになっている。「ソーシャル」なショーだというのはそうした側面を指しているのだろう。

 メインのショーは、毎日、朝の11時に行われる(アメリカ中部標準時。夏時間のいまは日本時間で午前1時。ただし、オークションに参加できるのはアメリカ在住者だけ)。このオークションは、「ショー」というだけあって、リアルタイムの見せ物になっている。商品の価格が目の前でどんどん下がっていく。待てば待つほど下がっていくが、商品の数には限りがある。すべて売れてしまえば、購入できない。その商品が何個売られているかは明かされていないので、ほしいと思った人間は、ただちに現在の値段で購入するか、買えなくなるリスクを冒してもう少し待つかの判断を迫られる。(買い損なった商品は、商品検索Live Search Cashbackで見つかりますとのことで、オークションは商品の宣伝の役割も果たしているようだ)
 Jellyfishのサイトには、「Smackはとても中毒になりやすい。自己責任でどうぞ」と「警告」が書かれている。オークションというのはたんなるショッピングではなくてゲーム性があるものだが、価格がどんどん落ちていくこのオークションは、いよいよはまりやすいのだろう。
 こうした価格を下げていく形のオークションは、オランダのチューリップ市場で行われていて、オランダ・オークションなどとも呼ばれている。

 Jellyfishがこのアイデアをどこから得たのかはわからないが、このネット・ベンチャーは(というよりもこのネット・ベンチャーも、というべきかもしれないが)Googleを強く意識している。そのことは、前回紹介したキャッシュバック付き商品検索サイトのアイデアでも感じとれた。Googleのクリック課金型の検索広告に対抗して、成果報酬型の検索広告、それもキャッシュバック付きの検索という新機軸を打ち出していた。
 Googleは、2004年の株の上場のときに金融界の常識に逆らって彼らの神経を逆なでさせながら、このオランダ・オークション型の競売入札を敢行した。こうしたことも、Smack Shoppingの発想のもとになっているのかもしれない。
 Jellyfishには、Googleの発想を受け継ぎながらそれを次の時代に向けて新たな展開をしてみせようという意気ごみが感じられる。

 このブログは、広告によってコンテンツやサービスを無料で提供するというGoogleが切り開きつつあるトレンドを、「広告経済」と名づけて追ってみるというのが主旨だ。しかし、「広告経済」の次の時代がもしあるとしたら、こうした「オークション型市場経済」とでもいったものが強力に推し進められていった先に切り開かれるのではないかと思う。
 広告に対してさまざまな批判があるのは事実だが、広告を見ることによって無料もしくは低価格で購入できるというのは、消費者にとって魅力的なビジネスモデルである。こうした「広告経済」を超えることできるとすれば、それはインターネットが可能にした別な要素をフルに動員したときだろう。
「広告経済」でさえまだその片鱗しか姿を現していないのに、こうした「ポスト広告経済の未来図」というものは、まだほんの陽炎のようなものしか出現していない。「ポスト広告経済」についてはまだ私の「勘」以上のものではないし、このブログ連載中にどれぐらい具体的な姿を提示できるかわからないが、次の2点は、「ポスト広告経済」の重要な要素だろう。

  1. 需要と供給にもとづくリアルタイムの価格の変化。これまで時々刻々と価格を変化させることはむずかしかった。しかし、ネット+コンピューターの環境では、その瞬間瞬間の需要と供給にもとづいてリアルタイムで価格を変動させていくことが可能だ。そういう意味で、ネットでは市場経済を極限にまで押し進めることができる。このような「市場経済を極限にまで押し進めたビジネス形態」が「ポスト広告経済」の重要な要素になるだろう。
  2. 無料や低価格を超える魅力、つまりエンターテイメント性やゲーム性といったもの。モノを買う理由は、必要だからといったことだけではない。ショッピングは娯楽でもある。そうした娯楽性を十分に感じさせるものであれば、広告経済がもたらす価格競争の地獄を脱することができる。

 つまり、Jellyfishのこのオークションには、まさにこうした2つの点が備わっている。
 このブログ連載では、「広告」に目配りすると同時に、「勘」にしたがって、「広告経済」を乗り越える可能性を持った存在である「オークション」についても取り上げていきたい。興味深い例をご存じの方がいらしたら、こちらのメールアドレスまでご連絡いただければ幸いです。

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プロフィール

『ユリイカ』編集長をへて1993年より執筆活動。著書に『ネットはテレビをどう呑みこむのか』、『科学大国アメリカは原爆投下によって生まれた』、『「ネットの未来」探検ガイド』、『インターネットは未来を変えるか』、『本の未来はどうなるか』など。大学でメディア論などの授業もしている。週刊アスキーで「仮想報道」を連載。アーカイブはこちら 歌田明弘の「地球村の事件簿」

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