広告に対する辛辣な批判を繰り広げていたネット・ベンチャー
2008年7月29日
(これまでの 歌田明弘の「ネットと広告経済の行方」はこちら)
検索広告をクリックして商品を購入すれば、Yahoo!やGoogleなどの検索会社や広告主は儲かるが、消費者に金銭的メリットはない。ほとんどの人はそうしたことに疑問を持ったことはないだろう。しかし、それはおかしいのではないか、と言いだした人びとがいる。
Jellyfishという会社を作った人たちだ。
Jellyfishは「100%成果報酬型の広告モデルを採用している初めての比較商品検索エンジン」とのふれこみで生まれた。前回書いたように、昨年9月、マイクロソフトが買収して、Live Search Cashbackという商品検索を立ち上げている。このサイトで検索して商品を購入すれば、キャッシュバックが得られる仕組みだ。
この検索エンジンのビジョンを語ったJellyfishのページがマイクロソフトによる買収後もしばらくあったが、いまは消えてしまっている。Googleのキャッシュなどで読めるだけだが、「Our Vision of Advertising」と題されたこの文章は、広告についてわれわれが意識しないできたことを気づかせてくれる興味深い主張を展開していた。今回は、それを紹介しよう。
Jellyfish.comで、われわれは人々の広告との関係を変えたい。広告を、お金を無駄にし、邪魔をし、いらいらするものではなく、つねに人びとに直接的な利益をもたらすものにする。
と冒頭で宣言し、現在の広告はなぜ評判が悪いのかについて、以下のように説明していた。
多くの人にとって広告は、ダーティ・ワード(不信感を書きたてる言葉)だ。これまでの世界を見てみよう。道を歩いているときに、不愉快な広告が次々と現われ邪魔をする。それでは、広告が反感を持たれるのは当然だ。
デジタル録画機を買ったりと、われわれは広告を避けるためにお金も使っている。ときにはおもしろい広告に出会うものの必要悪として耐えている。広告には、「うるさい」「押しつけがましい」「偏向している」「無駄」といったイメージがつきまとう。しかし、「つねにそんなふうでなければならないのか。われわれはそうは思わない」とJellyfishは言う。
インターネットによって、広告は消費者にとってよりよいものになったのか。たしかに史上初めて広告効果をほぼリアルタイムに世界規模で測定することが可能になった。その結果、多額のお金がネット広告に注ぎこんだ。しかし、それで人びとの広告に対する感じ方が変わったかといえば、そうではない。われわれはバナー広告を避け、ポップアップをうるさがり、できるかぎり広告を避けている。「広告は依然として必要悪なのだ!」とJellyfishは宣告する。
これは、GoogleやYahoo!、MSNなどの検索広告についても言える。たしかにこれらの広告はターゲットを絞って表示され、役に立つこともある。しかし、多くの人はやはりこれらの広告も避けている。広告は画面の端に置かれ、「スポンサーリンク」などとはっきりそれとわかる名称で、純粋な検索結果から切り離されることが望まれている。なぜそうなのか? それは、広告リンクをクリックされるたびに広告費が発生する現在のクリック課金広告は、消費者と広告主、その両者を結びつける検索エンジンの三者を密接に連携させることに失敗しているからだ。現在のモデルは、ほとんど検索エンジンを儲けさせるためのものだ。
ほとんどの人は気づいていないが、毎日、主要な検索エンジンでは大きな広告オークションが行なわれている。オークションにかけられているのは人々のアテンションだ。広告主が1クリックあたりたくさんお金を払うことを承諾すれば、よりいい位置に広告を表示できる。検索会社によって多少の違いはあるものの、検索広告の目的はひとつで、広告収入を最大にすることだ。「オークションによって生まれた価値の大半が広告費という名目で検索エンジンに流れ、商品の売り手と買い手の犠牲のもとに検索エンジンを儲けさせるものになっている」。
こうした状況認識のもと、Jellyfishは、広告費の少なくとも半分をキャッシュバックの形で消費者に返す「バリュー・パー・アクション(VPA)」の検索広告を提案する。「バリュー・パー・アクション」というのは、クリックや購入などのアクションによってコストが発生する「コスト・パー・クリック(クリック課金)」や「コスト・パー・アクション(成果課金)」ではなくて、もっとポジディヴな「価値(バリュー)」が生まれるというわけだ。
これまで消費者は、自分のクリックや購入にさいしてどれぐらいの広告費が発生しているのかわからなかった。しかし、「VPAでは、あなたのアテンションを惹こうとする広告の価値を、キャッシュバックの形でありのまま把握でき」、「うんざりさせられる広告を、あなたが買う商品の価格を掛け値なしに引き下げるものに変える」。
検索結果に表示する広告の位置も、企業の支払額によってではなく、キャッシュバック後の商品価格で決める。
こうしたやり方は完全な小売市場を生み出すとわれわれは考えている。なぜなら、小売店はランキングのトップになるためにVPA広告費を上げるだろうし、広告競争が生み出す価値を直接に人々に渡し、商品価格を引き下げようとするからだ。小売店があなたのアテンションをめぐって激しく競争すればするほど、あなたは節約できることになる。
Jellyfishのこの主張は、広告に興味のある人にとって一読に値するものだと思う。
小売店は顧客を惹きつけるために激しい価格競争をやっているが、これまで広告をめぐる争いはそれとは別に行なわれていた。広告によるアテンション争奪戦がどんなに激しくても、それによって価格が下がることはなかった。それどころか、広告費がかさめば商品価格に上乗せされ、かえって価格が高くさえなった。
Jellyfishの検索広告は、消費者の利益とは別個に(というよりもしばしば消費者の利益と相反する形で)行なわれている広告をめぐる競争を、消費者の直接的な利益に結びつけようとする。
Jellyfishは、この新しい検索に強い自信を持っていて、次のようにこの文章を締めくくっている。
われわれは、「バリュー・パー・アクション」を重要なアイデアだと思っている。消費者は、押しつけがましく偏向している広告を変える究極の力を持つようになったが、こうした新しい世界において、広告を適合させ生き延びさせることができる。広告は、人々がコントロールし、そこから独自の価値を受けとることができ、信用もでき、さらにこれがもっとも重要なことだが、人々の暮らしに招き入れられるものになる。そのために、多くの企業がVPAの枠組みを使い始めるようになるとわれわれは考えている。Jellyfishがこうした変化をリードし、人々の伝統的な広告観を一変させるのがわれわれの望みである。
Jellyfishを買収してキャッシュバック付きの商品検索を始めたマイクロソフトはGoogleの盲点を突いたと前回書いたが、広告をめぐる競争によって消費者に直接的な利益をもたらすというこの発想は、Googleどころか、これまでの広告すべての盲点を突いたものと言える。Jellyfishの主張は、従来の広告に対する辛辣な批評にもなっている。
「ウェブがインタラクティブなメディアである以上、可能なかぎり具体的な成果をリアルタイムに求められるのは自然の流れで、このような欲求に応えられるウェブには、欲望を端的に満たすことのできる直接性や即時性が、メディアの特性として備わっている」とこのブログでこれまで書いてきたが、Jellyfishの始めたことはまさにそういうことである。
こうした文章を読むと、買収という行為のむずかしさも感じられる。マイクロソフトが作ったLive Search Cashbackからは、Jellyfishが持っていた「新しい時代を切り開くのだ」といった熱っぽさが感じられない。Live Searchに新しい検索がひとつ加わったぐらいにしか思えない。私も、マイクロソフトの発表を知ったときにはそう思った。しかし、Jellyfishがそもそも何を考えていたのかを知ると、印象が変わってくる。
Jellyfishのこの主張は、Googleに対する批判であると同時に、Googleと同様の検索広告を展開しているマイクロソフトに対する批判でもありうる。そう考えれば、マイクロソフトの傘下に入ったJellyfishがこの文章を消去してしまったのは当然のことかもしれない。しかし、「Googleの次の時代」は、Jellyfishが持っていたような確信と自信に満ちた熱っぽさが切り開くものだろう。技術だけを買収したのでは、それは当初のインパクトの何割かを手に入れたにすぎない。
Jellyfishは、もうひとつSmack Shoppingというオークション・サイトも立ち上げている。これもまたきわめてユニークだ。次回はこちらのサイトを取り上げよう。
歌田明弘の「ネットと広告経済の行方」
過去の記事
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