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歌田明弘の「ネットと広告経済の行方」

ドラスティックに変化し続ける広告経済とネットの関わりを読み解く

Googleの米DoubleClick買収を通して見えるもの

2008年7月 3日

(これまでの 歌田明弘の「ネットと広告経済の行方」はこちら

 今回は、米Googleの「なぜわれわれはDoubleClickを買収するのか」と題された昨年6月のオフィシャル・ブログのエントリを紹介する。前回書いたように、このエントリは、Googleが自社の弱点を含む広告事業の現状と、将来に向けての戦略を明かしていて、1年近く経ったいまでも興味深い。

 Googleは、独禁法取り締まり当局から、競合している会社を買収して独占的な広告ビジネスをしようとしているのではないかと疑いをかけられたわけだが、DoubleClickとGoogleの仕事の役割についてこう説明している。

 GoogleとDoubleClickは、オンライン広告において異なる役割をしているが、補完もしている。Googleはおもに広告を売り、DoubleClickは広告を配信(提供)している。

 GoogleとDoubleClickの関係は、アマゾンとフェデラル・エクスプレスの関係に比べられる。アマゾンは消費者に本を売ることによってお金を稼ぐ。フェデラル・エクスプレスは、それを消費者に届けることでお金を稼いでいる。

 ひとことでネット広告関連の仕事といっても、広告を売っている企業と、配信や提供をしている企業があるという分類はわかりやすいが、GoogleとDoubleClickがそれぞれアマゾンと宅配会社のフェデラル・エクスプレスのようなものだという比喩は、少しマトはずれのように思う。DoubleClickは広告を届けるだけではなくて、あとで触れるように、もっと高度な仕事もしているからだ。

 こうした説明は、GoogleとDoubleClickの仕事の違いを取り締まり当局にアピールする必要があったからということもあるのだろう。Googleは、「世界の広告販売ビジネス市場が200億ドルから300億ドルと見積もられているのに対し、DoubleClickがやっているような広告配信ビジネスの規模はずっと小さく、おそらく20分の1かそれ以下である」と買収による独占の危険性が小さいことを力説している。

 とはいえ、DoubleClickの買収によって、今後、最重要の広告分野になると思われながらもGoogleが弱いディスプレイ広告を強化することができるということは認めている。

 AOL、Yahoo!、MSNの3つのポータルが、ディスプレイ広告で業界を引っ張っている。それぞれのディスプレイ広告の年間売り上げ額は10億ドルを超えている。CNETやESPN.comのようなコンテンツ・サイトも争っている。しかしGoogleは、ディスプレイ広告ではマイナーなプレイヤーなのだ。

 とのことで、

 DoubleClickやAtlas、MediaPlexといった広告配信会社は、広告主がこれらのコンテンツ・サイトに彼らの広告を配信し、広告効果を把握する手助けをしている。Googleはこの分野にはまったく参入していないので、DoubleClickの買収によって、検索やコンテンツ・ベースの広告が補完される。

 こう言っている。

 DoubleClickは、ウェブサイト開設者向けと広告主や広告代理店向けに、それぞれDARTと名づけたソフトを提供している。この技術によって、どのサイトのどのページにいつどんな広告を配信するのが最適であるかがわかり、広告配信の管理や広告配信のパフォーマンスを上げるためのレポートをしてくれる。こうしたパフォーマンスのレポートの重要性について、このエントリでは次のように説明されている。

 リアルタイムに広告効果がわかるので、広告主と広告代理店は広告のコンテンツを変えたり、タイミングをたちまち変えられる。広告代理店にとって、DoubleClickのような広告配信会社の価値は、ウェブ上の異なるサイトで行なっている広告キャンペーンの効果をまとめて測り把握させてくれることにある。

 ネット広告にとって広告効果の把握は、死活的な重要性を持っている。Googleはすでにこうした測定のできるさまざまなツールを無料で広告主や広告掲載サイトに提供しており、このところさらにその数を増やしているが、DoubleClickのシステムを使えばよりいっそう充実させることができるというわけだ。Googleは、ネット広告戦争を勝ち抜くためにはこうしたことがとても重要と考えているようだ。

 DoubleClickとひとつになる利点については、またこうも言っている。

 これまでGoogleはAdsenseネットワークに他社の参入を認めてこなかった。それは広告主がパフォーマンスをつかむことができなくなるからだ。DoubleClickと一緒になることで、もっとオープンなプラットホームを広告主に提供でき、広告キャンペーンをするのに必要なパフォーマンスの指標を得ることができる。

 どのサイトにどんな連動広告を出すのかを、これまではGoogleが決めてきた。そうしなければ、広告効果がわからなくなるから、ということのようだが、DoubleClickの技術を使えば、広告主自身がもっと自由に決められるようになるという。

 さらに、GoogleがDoubleClickの買収を望んだのは、Googleの検索連動広告やコンテンツ連動広告の広告主が中小の企業中心であるのに対し、DoubleClickはナショナル・クライアントを抱え、メディアなどのメジャーなサイトの広告スペースも扱っているからだった。こうしたサイトのスペースは売れ残ることもあるようで、それをGoogleの広告主たちに提供できれば、買収による相乗効果を期待できる。

 このエントリでも、結論部分で次のように言っている。

 大きなサイトの開設者たちは、広告スペースの管理にDARTを使っているが、かなりのスペースが売れずにいる。DoubleClickとGoogleがひとつになれば、現在は売れ残っているスペースから利益を上げることができる。

 GoogleのDoubleClick買収には、DoubleClickの売れ残っている広告ページの利用という短期的なメリットとディスプレイ広告対策という中長期的なメリットの両面があるというわけだ。

 Googleのこのようなもくろみと比べると、ヤフー買収を企てたマイクロソフトは周回遅れの立場に立たされていることがわかる。マイクロソフトは、現在のネット広告で最重要の検索連動広告についてなんとかGoogleに追いつきたいと四苦八苦している。ところがGoogleのほうは、検索広告の成功に満足せず、次世代の広告市場で重要性を増すと思われるディスプレイ広告について着々と手を打っている。

 「検索連動広告の次の時代」はまだ本格的に幕を開けていないのでどの会社も互角のはずだが、YouTubeを傘下におさめたのに次いでDoubleClickも手に入れたGoogleは、スタートダッシュで早くも大きな差をつけたことになる。

 もっともマイクロソフトも手をこまねいているわけではない。クリック課金の広告によってGoogleは大成長を遂げたわけだが、今後、成果報酬型課金がしだいに広がっていくのではないかと前に書いた。ヤフー買収に失敗したマイクロソフトは、まさにこうした方向に向かって新たな動きを始めている。

 次回はそれについて書くことにしたい。

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プロフィール

『ユリイカ』編集長をへて1993年より執筆活動。著書に『ネットはテレビをどう呑みこむのか』、『科学大国アメリカは原爆投下によって生まれた』、『「ネットの未来」探検ガイド』、『インターネットは未来を変えるか』、『本の未来はどうなるか』など。大学でメディア論などの授業もしている。週刊アスキーで「仮想報道」を連載。アーカイブはこちら 歌田明弘の「地球村の事件簿」

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