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歌田明弘の「ネットと広告経済の行方」

ドラスティックに変化し続ける広告経済とネットの関わりを読み解く

マイクロソフトの幹部たちが強調する「広告経済は規模の経済」――マイクロソフトのヤフー買収提案について(1)

2008年2月19日

(これまでの 歌田明弘の「ネットと広告経済の行方」はこちら

 マイクロソフトがヤフー買収提案を行なったことを明らかにした後のウォールストリートジャーナルのインタビューで、マイクロソフトのCEOスティーヴ・バルマーは、「向こう10年の間に、オフライン広告はすべてオンラインになる」とかなり大胆なことを言っている。オンライン広告がオフライン広告を吸収しながら大きく成長するのであれば、Yahoo!買収に多額の資金を投入することには経済合理性があるというわけだろう。

 さらにYahoo!買収を明らかにするにあたって開かれた電話コンファレンスでマイクロソフトの幹部たちは、ネット広告のダイナミクスは他の分野とは違う、Yahoo!とひとつになることによって相乗効果が得られるとしきりに述べている。
 しかし、聞き手のアナリストたちにはもうひとつピンと来ないらしい。
 そのすれ違いぶりが興味深い。

 たとえば、JPモルガンのアナリストImran Khanは、「Yahoo!は検索市場のシェアを失ってきているのに、マイクロソフトはなぜそれを止められると思うのか」と、ある意味もっともなことを尋ねている。
 私も別の場所で書いたが、「グーグルの検索シェアがアメリカではだいたい6割で、Yahoo!が2割、マイクロソフトが1割だからYahoo!とマイクロソフトをたすと3割になる」といった計算が成り立つとはかぎらない。買収によってどちらかのサービスをやめてしまうのであれば、利用者のうちかなりの部分はGoogleに流れ、3強が2強(というより1・5強)になって、結局Googleを利するだけ、といったことにもなりかねない。
 また、人材の面でも、マイクロソフトの傘下に入ることを快く思わないYahoo!のスタッフがGoogleに流れることも考えられる。合併したからといって、技術力が飛躍的に向上するなどということはそうそう期待できない。つまりそんなに簡単に相乗効果は得られないわけだが、マイクロソフトの幹部たちはあくまでも「規模の経済」を強調している。

 UBSのアナリストHeather Belliniが、「ソフトウェアの販売収入における相乗効果というのはどういうものかわかりにくい。もう少し説明してほしい」と食いさがったのに対し、バルマーは、その質問はそもそもマトがはずれていると言わんばかりにこう答えている。

「広告収入のダイナミクスは、ソフトウェア収入のダイナミクスとはまったく違う」

 ミもフタもない答えともいえそうだが、バルマーのこの答えに続けて、Platform & Services部門のトップ、ケヴィン・ジョンソンがこう説明している。

「ネット広告産業は規模が重要だ。検索広告でも検索に関わりのない広告でも、規模の経済が広告収入の増大をもたらす。ひとつの広告プラットフォームに十分な量の広告を集めれば、広告媒体提供者が高い収益を上げられるプラットホームになる」。

 規模の経済は短期的にも機能するし、長期的に見ても、行動ターゲティング広告などの新しい分野で威力を発揮し、短期的・長期的両方の面で意味があると言う。こうした規模の経済が大きな意味を持つという点が、ネット広告の大きな特徴というわけだ。

 しかし、ソフトウェアでも、規模の経済は成り立つと見られていたのではなかったか。
 ワープロソフトでも表計算でも、あるいはOSでも、一定の人が使い始めれば、ほかの人々も使わざるをえない。いわゆるネットワークの外部性とか「収穫逓増の法則」が働く。ソフトウェアについても「規模の経済」が成り立つはずなのだが、こうしたビジネスに誰よりも習熟しているはずのマイクロソフトの幹部たちが、ネット広告はソフトウェアとは違い、規模の経済が働くと言っている。
 これはどういうことだろうか。

 この電話カンファレンスでその理由ははっきりと語られていないのでここからは私の考えだが、ソフトウェアの場合は、数が出ていないものでもそれなりに受け入れられる余地はある。ワープロや表計算では難しいかもしれないが、自分だけが使って便利を享受できるソフトというのはある。
 検索やコンテンツに連動した広告の場合は、広告がある程度集まらないと、検索やコンテンツに応じて広告を適切に出すことはできない。検索・コンテンツ連動広告に限らず、マッチング・ビジネスでは、数が増えるほど適切なマッチングができる。反対に、数が集まらないと、広告効果がないのでいよいよ広告は集まず、広告を載せてくれる媒体提供者も見つからない。こうした悪循環に陥ってしまう。
 つまりソフトの場合には、利用者が倍になれば、収入も倍になるだけだが、ネット広告は、広告の数が倍になれば、効果的にマッチングができるので広告の増加分以上のリターンが得られる可能性がある。収益が上がるようになれば、広告を掲載してくれるサイトも増え、広告の露出が増えるので、ますます収益が上がり広告が集まる。幾何級数的な収益の増大さえ期待できる。

 さらに、(前回の表現を使えば)「アメーバ型」であるネット広告には、境というものがない。検索連動広告でもコンテンツ連動広告でも、これら広告の場合は、ウェブというひとつのプラットホームしかない。テレビ広告では弱いが雑誌広告では強いとか、テレビ朝日とは縁が薄いがTBSとはどうといったことはありえず、たくさんの広告と媒体サイトを獲得できたGoogleのようなネット広告がウェブ全体を――もしバルマーが言うように(またGoogleもそう考えているようだが)オンライン広告がオフライン広告を吸収していくのであれば、ゆくゆくはあらゆるメディアを自分たちの広告媒体にしてひとり勝ちの状態にさえできる。

 こうしたことは、GoogleとYahoo!の外部サイトからの広告収入の変化を比べてみるとよくわかる。Googleの外部サイトからの収入は、06年の42億ドルから58億ドルへと1・4倍に伸びているのに対し、Yahoo!は、26億ドルから24億ドルへと逆に減らしてしまった。自サイトからの売り上げは、Yahoo!も31億ドルから37億ドルへと伸ばしているのだから、外部サイトからの収益の減少は顕著である。
 自サイトでは、ディスプレイ広告の強化によって収入を増やすことができるが、他サイトについては、Yahoo!の現状では「ネットワーク効果」が十分ではないということだろう。

 ウェブでは、言葉の壁さえ、ほんとうに壁になるかはあやしい。世界の検索連動広告市場シェア75パーセントというGoogleの実績はそのことを示しているように思われる。
 マイクロソフトは、容易なことでは脱することができない悪循環のスパイラルから抜け出るためには、Yahoo!買収のように、一挙に規模を獲得する手しかないと思ったわけだ。

 ネット広告は、ほかの商売の力学とは異なるとてつもない分野で、それがしだいにオフラインの広告などまで侵蝕していく。そのことの意味をもっとも痛切に感じとっているのが、Googleと真正面から戦わなければならないマイクロソフトの幹部たちなのだろう。

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プロフィール

『ユリイカ』編集長をへて1993年より執筆活動。著書に『ネットはテレビをどう呑みこむのか』、『科学大国アメリカは原爆投下によって生まれた』、『「ネットの未来」探検ガイド』、『インターネットは未来を変えるか』、『本の未来はどうなるか』など。大学でメディア論などの授業もしている。週刊アスキーで「仮想報道」を連載。アーカイブはこちら 歌田明弘の「地球村の事件簿」

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