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歌田明弘の「ネットと広告経済の行方」

ドラスティックに変化し続ける広告経済とネットの関わりを読み解く

広告ビジネスにおけるGoogleの「最大の発明」は何か

2008年2月13日

(これまでの 歌田明弘の「ネットと広告経済のの行方」はこちら

 Googleのブック検索やニュース検索、学術文献検索の開発責任者アダム・スミス氏は、昨年来日したおりに行なった慶応大学での講演で、開発のプロセスについて、次のようにまとめていた。

"Initially Ignore
 CPU Power
 Storage
 Bandwidth
 Monetization
Instead
 Focus on the User
 Solve Problem
 Launch/iterate/evolve
 Follow Feedback
 Revenue will come later"

 技術的制約や、どうやって利益を生むかはとりあえず考えず、ユーザーの役に立つことをまず考えてすばやく立ち上げ、ユーザーの反応を吸収して改良していけば収入はいずれついてくるというわけだ。こうした考え方は、「Google の理念」のページにある「Google が発見した10の事実」の第1条「ユーザーに焦点を絞れば、『結果』は自然に付いてくる」などにも見られるものだ。

 こうした「理念」に反するようなことをこのところGoogleは始めたようにも思われるが、少なくとも当初は、Googleはこうした原則に従っていた。

 前回書いたように、そもそもGoogleは、検索エンジンの開発にあたってどう利益をあげるかは考えていなかった。
 そのことが端的にわかるのは、Googleのトップページなどで使える「I'm feeling lucky」の機能である。検索結果トップのウェブページに一発で飛ぶ仕掛けで、これだと、利用者は広告が表示される検索結果ページを開かないでウェブページにアクセスできるが、Googleは広告収入を得る機会を失ってしまう。
 もちろん検索結果のトップに探しているページがあると確信できることはそう多くはない。
 しかし、現状でも、大手の企業サイトなどにはほぼ確実にアクセスできる。検索エンジンがもっとすぐれたものになり、ユーザーの探しているウェブページがほぼ確実に検索結果のトップに来るようになって「I'm feeling lucky」が頻繁に使われるようになればなるほど、検索連動広告は表示されなくなる。技術向上が自分たちの利益と相反しているわけだ。ユーザーにはたしかに便利だが、連動広告をしている検索エンジンにとっては目先の利益にならないどころか、長期的にはみずからのクビを絞めることにもなりかねない。

 もともとGoogleは、「自分のサイトから利用者をできるだけ早く離れさせようとしていることを明言しているおそらく世界で唯一の会社だ」と言っていた。通常のポータルサイトとは反対に、自社サイトの滞留時間を短くすることを考えていた。だからこうした機能を開発したのは自然な流れだった。また、自分たちの検索エンジンに強い自信を持っていることの証しでもあり、Googleの良心とも言える機能だった。
 Googleはツールバーでは、デフォルトでこの機能を使えるようにはしていない。自分たちを脅かすモロ刃の剣であるこの機能に対してGoogleが取っている「対策」はさしあたりそれぐらいのようだ。
 こうした機能は一時ほかの検索ポータルでも使えるようにしていた。Googleとの対抗上始めたのだろうが、その後やめてしまったところが多いようだ。

 誕生からこれほど時間が経てば、Googleは、この機能があることで広告表示の機会をどれぐらい失い、損失はいくらになるのかを、世界中から集めた数学的才能の持ち主たちにはじきださせているにちがいない。
 しかし、「ユーザー第一」を掲げる以上、いまさらやめるわけにはいかない。これを消滅させるのは、探しているウェブページがほぼ確実に検索結果のトップに来るようになって、この機能の存続がGoogleの生命線を脅かすようになったときか、あるいは「ユーザー第一」を掲げるGoogleが決定的に変節したときか、そのどちらかの場合だろう。

 ともかく、「Google が発見した10の事実」の第1条に掲げている「ユーザーに焦点を絞れば、『結果』は自然に付いてくる」は、Googleが自分たちの発展の歴史から体験的に学びとったものだった。
 けれども、検索連動やクリック課金といった広告の仕組みはグーグルの発明ではなかった。もっと前からGoTo(現オーバチュア)がやっていた。
 GoToからの借り物ではなくて、Googleが独自に積極的にやったのは、自分たちの広告をウェブ中にばらまくことだ。そのための方策をGoogleは次々と打ち出した。「広告経済」の誕生にあたってのグーグルの最大の「貢献」はこれだろう。

 2000年にGoogleはまず、一般のサイトも検索ウィンドウを無償で設置できるようにした。検索ができるのと広告収入の分け前を受けとれるかわりに、自分のサイトをGoogleの広告媒体とすることを、多くのサイト開設者が受け入れた。こうして、Googleの検索連動広告は広がっていった。
 サイト開設者だけでなく、ウェブ閲覧者にも働きかけた。ツールバーを配布し、ユーザーがどのサイトにアクセスしていてもGoogleの検索が使えるようにした。検索するたびに、Googleの広告が表示された。
 CGMの走りとも言えるこうした戦術をGoogleが相次いでとり始めたとき、私は、この新興企業の創立者たちの頭のよさに驚嘆したものだった。

 02年にはAPIを公開し、プログラム能力のある人がGoogleの検索データベースを使ってウェブ・アプリを作ることを認めた。そして、翌03年にはコンテンツ連動広告の「Adsense」を始めている(当初は、検索連動広告がAdwordsで、コンテンツ連動広告がAdsenseだったように記憶しているが、いまは、広告主が利用するのがAdwords、「媒体側」のサイト運営者が参加するのがAdsenseになっている)。
 Googleの広告が表示される機会は、検索エンジンの利用を求めたウェブ・サイトとAdsenseに加わったウェブ・サイトの増加にともなって増えていった。Googleによる数ある「広告の発明」のなかでも最大の「発明」は、自社サイト以外も広告媒体にするこのような方法を発見したことだろう。

 いまとなっては、個人サイトも含めた無数のウェブサイトに広告が載っているのは当たり前のようだが、これがウェブにとって革命的な転換だったことは明らかだ。
 90年代半ばごろは、ウェブサイトにこれほど広告が載っているということはなかった。それが10年経ってみると、個人サイトにいたるまで、広告が載っていないサイトのほうが少ないぐらいまでになった。あっというまに、ウェブ全体が広告媒体化していったわけだ。そして、ウェブという母体に宿った広告は、ウェブの成長とともに大きくなっていく。広告というアメーバが母体を乗っ取ることに成功しつつあるともいえるわけで、こうした状況が、「広告経済」と呼びたくなるようなパワーを生み出した。

 新聞でも雑誌でもテレビでも、これまで広告は媒体と密接な関係にあった。ある媒体に載せた広告が、広告主が知らないうちにほかの媒体に出るなどということは(原則的には)なかった。だから、従来の広告代理店の仕事は、メディアの枠をおさえ、それを埋めることだったわけだ。
 しかし、Googleが推し進めた広告は、まず広告ありきで、それをどこに配信するかを、広告主は具体的に指示できないものが多い。
 その後、指定できる広告のオプションもGoogleは始めはしたが、スタンダードなGoogleの広告は、どこに掲載されるか、広告主どころか、Googleの人間にもわからない。配信を決定しているのはGoogleのコンピュータで、アルゴリズムが広告主の定めた条件にしたがって自動的に表示させているにすぎない。

 Googleの広告のことを書いてきたが、いうまでもなく、アメーバ型広告にはもうひとつの種類がある。
 アフィリエイト広告である。
 続いて、こちらの「アメーバ型広告」を振り返ってみることにしたいと思っていたのだが、マイクロソフトのYahoo!買収の動きは、Googleが切り開いたネット広告のひとつの集約点ともいえる事件だ。「広告経済」のありようがわかる好事例でもあるので、このブログ連載の中でも取り上げておくことにしたい。

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プロフィール

『ユリイカ』編集長をへて1993年より執筆活動。著書に『ネットはテレビをどう呑みこむのか』、『科学大国アメリカは原爆投下によって生まれた』、『「ネットの未来」探検ガイド』、『インターネットは未来を変えるか』、『本の未来はどうなるか』など。大学でメディア論などの授業もしている。週刊アスキーで「仮想報道」を連載。アーカイブはこちら 歌田明弘の「地球村の事件簿」

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