『1Q84』予想2:「砂漠」と変性意識
2009年5月26日
[今回も発売前の村上春樹氏の小説『1Q84』について予想する内容です。前回と同じくあらかじめお断りしておきますが、予備知識なしで小説を読みたいという読者の方にはおすすめできません。記憶の片隅にとどめて読後にまた訪れてくれたらとても嬉しいです。もちろん外している可能性もありますけど。]
さて前回のエントリでは、ネットの情報や関連文献、新潮社の予告サイトのヒントと思われる要素をもとに、「新作はオウム真理教をモデルにした小説になる」と予想した。ただ、予告サイトの背景画像に関しては、村上氏の過去作における砂浜や砂漠への言及を紹介しただけで、結論部の予想に組み入れることができなかった。
ところがその後、映画や音楽で砂漠とオウムにつながりそうなものをあれこれ思い出すうち、じわじわと仮説めいたものが浮かび上がり、前回の予想を補足するかたちで組み込めるという気がしてきた。それを発表する前にまず、検討した作品と気になった要素を列挙してみる。
『1Q84』に関連がありそうな作品群
『真夜中のカーボーイ』(ジョン・シュレシンジャー監督、1969年)
- 主人公のジョーと「ラツィオ」(鼠)と呼ばれる相棒が、パーティーの場面でドラッグを摂取してトリップする。
- ラツィオが夢見るフロリダのビーチ。たどり着けない憧れの地、理想の場所の象徴。
- ジョーが夢想するシーンでは、恋人が砂漠で不良たちに追われたあとジョーの家にたどり着く。
『名前のない馬』(アメリカの曲、1972年)
- 名前のない馬に乗って砂漠を旅するという内容の歌詞。
- horseはヘロインの隠語で、トリップ状態を描写した歌とされる。
- 「砂漠では自分の名前を思い出せない」
- 「砂漠は海になった」
- 「海は地下に生を秘めた砂漠」
(The ocean is a desert with its life underground)
『アルタード・ステーツ 未知への挑戦』(ケン・ラッセル監督、1979年)
- 主人公の科学者がアイソレーション・タンクと幻覚剤を併用して変性意識状態を体験する映画(オウムの修行では薬物やヘッドギア、電気ショックなどが使われた。タンクは「水中クンバカ」の修行を連想させる)。
- 主人公はメキシコの先住民の宗教儀式に参加して幻覚を見る。キノコ雲が上がる砂漠の地平線に向かって歩いていく幻想シーン(求道の果てのハルマゲドン)。
- altered states=「作り変えられた(変容した)国」とも読める(国家をミニチュア化した教団、純粋な宗教者の集団からテロ組織への変容)。
『ザ・セル』(ターセム・シン監督、2000年)
- サイコセラピストの主人公が装置を用いて昏睡状態の患者の精神世界に入る。
- 冒頭のシーンでは、少年の精神世界である砂漠を歩く。砂漠には難破船があり、過去に海だったことを思わせる。
- 連続殺人犯が誘拐した女性を地下室の「セル」(防弾ガラス張りの箱)に監禁している。このセルに水を注入して溺死させようとする(これも水中クンバカを思わせる)。
その他
- "desert"(砂漠)の語源は、「捨てられた場所」を意味するラテン語(「約束された場所」との対照性)。
- 砂漠に生えるサボテンの一種「ペヨーテ」には幻覚作用があり、アメリカ先住民などの宗教儀式に使われてきた。
- 「馬」は『真夜中のカーボーイ』と『ザ・セル』にも砂漠と一緒に登場する。
そもそもヒントと明言されてもいない砂地の画像を頼りに、この程度の情報で予想を立てるのは強引だと自分でも思う。それでも、過去の村上作品を一通り読んできた読者の方には「まあその線もありかもね」ぐらいに思ってもらえる確度にはなったのではないか。また、前回は「他界した親友(過去作品の「鼠」にあたる人物)」とだけ書いていたキャラクターについても、今回の検討で予想がもう少し具体的になってきたので、それも併せて発表したい。
「砂漠」についてのファイナルアンサー
- 主人公の信者は薬物と装置を使った修行で意識の変性を体験し、砂漠を幻視する。この砂漠の世界で、至高の場所である海辺を目指してさまよい歩く。ただし主人公は修行だと信じているが、実際は教団による洗脳プログラムである。
- この砂漠はまた、現実世界と異界の境界でもある。主人公は砂漠で親友の霊に会い、話をする。
- 親友はおそらく教団の信者仲間だろう。彼は修行の途中で(海を見ることなく)命を落としている。主人公と親友は、教義、教団のあり方、生と死について語り合う。
この「砂漠」なら、前回に予想したストーリーと無理なくつながると思うのだが、いかがだろうか。いずれにしろあと三日もすれば本が手元に届くので、週末は答え合わせの緊張感も味わいながらの読書になりそうだ。当たっていればいいなと願う反面、予想をはるかに超えた奇想天外の小説であってほしいとも思う。
5/31追記:新しいエントリで予想の反省と読後感などを書きました。
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