天の音楽、地の孤独--『路上のソリスト』
2009年5月27日
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不況のあおりを受けるロサンゼルス・タイムズで自身も低迷中のコラムニスト、スティーヴ・ロペス(ロバート・ダウニーJr.)はある日たまたま訪れた公園のベートーヴェン像の下、弦が2本のバイオリンで心に響く音楽を奏でるホームレスのナサニエル・エアーズ(ジェイミー・フォックス)に出会う。興味を持ったロペスは取材を重ねるうち、ナサニエルがニューヨークのジュリアード音楽院でチェロを学ぶものの、統合失調症が原因で演奏が困難になり中退し、流されるようにロサンゼルスに移って路上生活者となったことを知る。ナサニエルを取り上げたコラムは大きな反響を呼び、読者から使われなくなったチェロも寄贈された。離婚を経験し自室でひとり聴くレコードや酒くらいしか楽しみのないロペスは、ナサニエルに友情を感じ始めるとともに、音楽を通じて彼の再起を促せないかと考える。楽器練習や生活の場を確保し、オーケストラのリハーサルを見学させ、さらにはコンチェルト演奏の機会も準備するのだが……。
実話に基づくストーリーで、新聞に数回にわって掲載されたコラムが単行本化され、それが映画の原作になった。モダンな建築が並び立ち高速道路が縦横に走る巨大都市、映画と音楽の都という栄華と、汚れたダウンタウンの路上にあふれるホームレス(夢に破れ挫折した者も多いだろう)、鬱屈した思いを抱え時に暴発する貧困層という陰影が隣り合う“天使の街”ロサンゼルスを、ジョー・ライト監督は地上から天上へと舞い上がり俯瞰するカメラでとらえる。そういえば前作『つぐない』で見せた、撤退のためダンケルクの海岸に大勢集まった連合軍兵士たちを収めた長回しのショットも、超越者の視点を思わせるものだった。
特に印象的なのが、ロサンゼルス交響楽団のリハーサルでベートーヴェンの交響曲第3番『英雄』を聴いたナサニエルが至福を感じる場面。映像は彼の内面に入り込み、漆黒の中にきらめき踊る極彩の光で官能を表現する。天賦の才ゆえに病んでしまった精神の闇に、音楽が照らす輝きと生の歓喜は、となりで見つめるロペスにも「ギフト」をもたらす。映画の中で"gift"という言葉が「贈り物」「神からの賜物」「天賦の才」という意味で繰り返し使われるが、運命と皮肉を思わずにいられないのは、"Nathaniel"という男子名もまた「神が賜ったもの」を意味するヘブライ語に由来することだ(ヨハネ福音書における十二使徒の一人の名前でもある)。
サウンドトラックは当然ながらクラシックの弦楽曲が中心だが、ロペスが自宅のアナログプレーヤーでかける『ミスター・ボージャングル』の温かみあるアコースティックギターの音も忘れがたい。オリジナルはジェリー・ジェフ・ウォーカーの曲で、映画で流れるのはニール・ダイアモンドによるカバー。この曲の成り立ちと詞の内容については、庄内拓明氏のブログが詳しい。成功を果たせず落ちぶれたダンサーのわびしさが、映画のキャラクターとも共鳴する。
実話ゆえの割り切れなさ、現実の苦さも作品のテイストになっているので、単純な感動を過度に期待してはいけない。虚心で向き合うといろんな味わい方ができる映画だと思う。天才と精神の病を取り上げた実話ものでは、ピアニストのデヴィッド・ヘルフゴッドを描いた『シャイン』(スコット・ヒックス監督)や、『ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ』(アナンド・タッカー監督)、数学者ジョン・ナッシュを描いた『ビューティフル・マインド』(ロン・ハワード監督)が思い浮かぶ。また、官能の映像表現という意味では『パフューム -ある人殺しの物語』(トム・ティクヴァ監督)に通じる部分もある。これらの映画が楽しめた、印象に残っているという方なら、『路上のソリスト』もお気に入りの映画になる可能性は十分にある。
映画の公開に先立ち、ナサニエルとロペスが出演した『CBSドキュメント』がTBSで5月28日の02:44~03:39に放送されるようだ(このブログの掲載は27日夜なので、ほとんど告知の意味がないのだが)。YouTubeにもロサンゼルス・タイムズがナサニエルの演奏などを収めた動画をアップしていたので、下に貼りつけておく。
[公開情報]
『路上のソリスト』 原題:The Soloist
5月30日(土) TOHOシネマズ シャンテシネほか全国順次ロードショー
監督:ジョー・ライト
出演:ジェイミー・フォックス、ロバート・ダウニーJr.ほか
原作:スティーヴ・ロペス
配給:東宝東和
公式サイト
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