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高森郁哉の「ArtとTechの明日が見たい」

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CERNから盗まれた反物質が大爆発? ハイテンポの活劇と宗教美術が楽しめる『天使と悪魔』

2009年5月12日

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『天使と悪魔』 原題: Angels & Demons
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
2009年5月15日(金)全世界同時公開

[あらすじ]  ハーバード大学の宗教象徴学者ロバート・ラングドン教授は、ルーヴル美術館での一件以来冷戦関係だったヴァチカンから思いがけない協力要請を受ける。イルミナティを名乗る何者かがヴァチカンを窮地に陥れていた。それは17世紀にガリレオを中心とする科学者によって組織された秘密結社で、ヴァチカンの激しい弾圧で消滅したものと思われていた。しかし秘かに復讐の機会を待ち続け、教皇の逝去を受けて行われようとしていたコンクラーベに乗じてついに復活を果たしたのだ。彼らは最有力候補の枢機卿4人を誘拐し、1時間ごとに殺害すると予告、その上ヴァチカン全体を爆破する計画まで進めていた。折しもスイスのCERN(欧州原子核研究機構)から恐るべき破壊力を持つ“反物質”が盗み出される事件が発生。CERNの科学者ヴィットリア・ヴェトラも駆けつけ、ラングドンと協力して事件解決に乗り出すが…。 (allcinemaより)

世界的大ベストセラー小説『ダ・ヴィンチ・コード』の著者ダン・ブラウンによる「ロバート・ラングドン」シリーズの映画化第2弾、『天使と悪魔』が5月15日に全世界で同時公開される。原作が出版されたのは『天使と悪魔』が2000年、続編の『ダ・ヴィンチ・コード』が2003年だが、映画では時系列が逆になり、今回のヴァチカンでの事件が後に起きるという設定に変更された。監督のロン・ハワード、ラングドン教授役のトム・ハンクスは前作からの続投で、ダン・ブラウンも引き続き製作総指揮に名を連ねている。

結論めいたことを先に書くと、原作を未読の人ならミステリーの謎解きと予想外の展開をスピーディーに体感できるし、既読の観客もストーリーを追体験しつつ脚色の妙を味わえるだろう。原作自体が『ダ・ヴィンチ・コード』より映像向きだったことに加え、製作陣が前作に対する批判的な意見から学び、「長大なミステリー小説を映画の尺にうまく収める」という点で確実に進歩している。

『ダ・ヴィンチ・コード』では、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画『最後の晩餐』と聖杯に関する解釈など視覚的に映える要素も一部あったが、謎解きの大半は、詩の形式で残されたメッセージや、アナグラムを使った暗号などを解読するという、いわばテキストベースのものだった。これらは小説の場合、読者も謎が提示された時点で立ち止まって自力で解くなり、降参して先を読み進むなり、各自のペースでミステリーを楽しめるのだが、さすがに映画では観客に考える時間を提供するわけにはいかない。結果、暗号の文字列や詩が出たらたちまちラングドン教授が解読し、次のシーンへあわただしく移動したかと思えばまたバタバタと謎出しと解読、といった感じで実にせわしなかった。原作の登場人物とストーリーをほぼ忠実に再現したせいで、映画の尺に無理矢理押し込んだ感もあった。

それに対し『天使と悪魔』では、ラングドン教授らがルネッサンス期の美術品(彫刻)に隠されたイルミナティの秘密のメッセージを解きながら、ローマ市内の教会や観光名所を駆けめぐり、予告殺人の阻止と犯人逮捕、さらには盗まれた反物質の回収を目指すというのが大筋。普通に眺めるだけでも感嘆するような宗教美術や旧跡の装飾品のどこかに、隠されたメッセージがないかと観客も一緒になって目を凝らすのだから、これは実に豊かで刺激的な映像体験だ。

前回の映画化からの改善が顕著なのは、サブキャラとプロットの大幅な「リストラ」だ。原作に登場したCERN所長のコーラー、反物質の生成・保存に成功したレオナルド(ヴィットリアの父)、BBCのレポーターとカメラクルーなど、それなりに重要な役割を果たす人物をばっさり削り、必要に応じて設定や役目を他のキャラに割り振った。また、原作では冒頭でラングドン教授が米国からまずスイスのCERNに飛び、所内をあちこち移動しつつ事件の概要を知らされた後でヴァチカンに移動するが、映画ではCERN滞在を省いて即ヴァチカン入りするし、BBCクルーによる「公開処刑」の中継という設定もなくすなど、本筋以外の話を大胆に整理した。原作の読者であれば、「CERN所長がいないのなら、後半のあのクライマックスはどうなるの?」と疑問を抱くだろうが、オリジナルのトリックやどんでん返しの面白さは残るように改変されているのでご安心を。その脚色の手並みが実に鮮やかで、さながらパズルの達人がピースを絶妙にはめていく感じ、「お、そのピースはそこに使うのか!」といった驚きがあるのだ。

個人的には、原作にあったCERNの敷地内での描写が大幅に減り、CERN所有という設定の航空機『X-33』も登場しなかったのが残念だが、後者に関してはリンク先のWikipediaで説明されているように2001年に開発中止となったため、まあ仕方ないのだろう。その代わり、映画オリジナルのオープニングで、大型ハドロン衝突型加速器(LHC)を使った反物質の生成の瞬間が派手なVFXで描かれていて、ここの映像はなかなか見応えがある。

反物質の現状と危険性については、実際にCERNで反物質研究を行なってきた東京大学の早野龍五教授が、東大サイト内に『物理学者とともに読む「天使と悪魔」の虚と実 50のポイント』というコーナーを開設して詳しく解説しているので、興味がある方はぜひ。

また、映画の内容には直接関係ないが、本作の日本公開に向けたマーケティングが、従来の洋画パブリシティの枠にとらわれないユニークで積極的な取り組みを行なっている点も評価したい。一例として、上記の早野教授が「異例の記者会見を開き」「映画に科学で反論」したと朝日新聞などが報じているが、実はこの会見は映画の宣伝チームがセッティングしたものだ(僕のところにも事前に宣伝会社から案内が届いていた)。宣伝色を抑え、「反論」などの言葉で対決ムードを演出して関心を引く狙いだろうし、実際朝日新聞も文化面での映画紹介ではなく「サイエンス」セクションで取り上げているので、映画ファン以外の読者も興味深く読んだのではないだろうか。

もう一つは、YouTubeに本作のブランドチャンネルを開設し、映像コンテンツを積極的に無料配信していることだ。5月7日にはトム・ハンクスらの来日会見とジャパン・プレミア・イベントを同チャンネルで生中継した(このライブ配信技術は、2008年11月23日に米Google社が自社イベントで活用したもので、他企業が活用するのは世界初という)。ほかにも、従来ならDVDやBDの特典として収録されそうなインタビューや解説動画、さらには本編のクリップまで大盤振る舞いでアップし、もちろん個人ブログなどへの埋め込みも許可している。当ブログでも反物質に関するクリップを下に貼りつけておく。

こうしたマーケティングが奏功してか、角川書店刊原作の売れ行きが急伸し、4月7日に累計発行部数300万部を突破後、4月7日~5月7日の1ヵ月間でさらに100万部増となり400万部を突破したという(ソニー・ピクチャーズのリリースより)。ただし邦訳はハードバックで上下巻、文庫版で3分冊なので実読者数はもっと少ないが、関心が高まっていることには変わりない。アマゾンのベストセラーランキングでも、本の総合で文庫3冊が10位以内に入っていた(12日の執筆時点)。

余談だが、この動画の1分13秒あたりで、台詞の音声は"five kilo tons"なのに、字幕が「5トン」になっている。おそらく字幕の字数制限で「キロ」を割愛したのだろうが、ちょっと気になった。まあ実際には反物質の大量生成・保存は不可能なので、爆発の威力が5トンでも5キロトンでも大差ない、しょせんはフィクションだし、という割り切りなのかもしれない。


[公式サイト]
http://angel-demon.jp/

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プロフィール

フリーランスのライター、翻訳者としての活動を経て、2010年3月、ウェブ・メディア・地域事業を手がける(株)コメディアの代表取締役に。多摩地域情報サイト「たまプレ!」編集長。ウェブ媒体などへの寄稿も映画評を中心に継続している。

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