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高森郁哉の「ArtとTechの明日が見たい」

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映画『ウォッチメン』:圧倒的な映像強度と世界観、心して見るべし

2009年3月17日

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(c) 2008 PARAMOUNT PICTURES. All Rights Reserved.
WATCHMEN and all related characters and elements are trademarks
of and (c) DC Comics.

[ストーリー(公式サイトより)]

ジョン・F・ケネディ暗殺事件、ベトナム戦争、キューバ危機・・・。
かつて世界で起きた数々の事件の陰で、<監視者>たちがいた。彼らは“ウォッチメン”と呼ばれ、人々を見守り続けてきたはずだった─。そして1977年には、政府によりその活動を禁止され、ある者は姿を消し、ある者は密かに活動を続けていた。

 1985年、アメリカ合衆国はいまだニクソン大統領が政権を握り権力を欲しいままにしている。ソ連の間で一触即発の緊張関係が続き、漠然とした不安感が社会を包んでいた。
 ニューヨーク、10月のある夜。高層マンションの一室から、ガラス窓が豪快に割れる音とともに、一人の男が突き落とされ殺された。死体のそばには、血がついたスマイルバッジが落ちていた。平和のシンボルに不吉な血痕。世界の終末が近づいているのかもしれない。殺された大男の名はエドワード・ブレイク[通称コメディアン]。かつて“ウォッチメン”と呼ばれていた者の一人であり、スマイルバッジは彼が胸に着けていたトレードマークだった。
 しばらくして事件現場に現れたのは、ロールシャッハと呼ばれる薄汚いトレンチコートにフェドーラ帽をかぶった謎の男。顔が白と黒の模様が変化するこの男が、血のスマイルバッジを手に取り見つめている。この“顔のない男”は独自で捜査をはじめ、ダン・ドライバーグ、エイドリアン・ヴェイドなど、かつて“ ウォッチメン”とよばれた者たちの周辺を嗅ぎまわり始めた。(中略)

やがて、世界を揺るがした歴史的事件に関わってきた“ウォッチメン”の真実が徐々に明らかになるにつれて、想像を絶する巨大な陰謀が待ち構えていた。それは世界の未来を脅かす驚くべき計画だった。これまで世界を監視してきた“ウォッチメン”と呼ばれる者たちの本当の目的とは何なのか。いったい誰が<ウォッチ>して、誰が<ウォッチ>されているのか?

今年初めに「2009年期待の映画:予告編10選」で紹介したころから、トレーラーだけでもかなり見応えのある視覚効果を楽しみにしていた作品。訴訟問題も無事に片付いて予定通り封切られることになり、米国では3月6日からの週末3日間で5565万5000ドルを売り上げ本年度最高のスタートを切って、ボックス・オフィス・チャートの1位に初登場。日本でもいよいよ今月28日に公開される。

原作は1980年代後半に米DC Comics社から刊行された同名コミック(アラン・ムーア原作、デイヴ・ギボンズ作画)。アラン・ムーアはほかに『フロム・ヘル』や『Vフォー・ヴェンデッタ』の原作で知られる英国人で、米国の文化と典型的アメコミヒーローに対する一種独特の距離感と風刺が、『ウォッチメン』の個性につながっているように思う。翻訳版は10年ほど前に出て絶版になっていたというが、映画公開に先立ち2月下旬に小学館集英社プロダクションから再刊行されている。なお、アマゾンでは期間限定で、全12章のうち第1章を丸ごと無料で閲覧できる(現在は在庫切れのため、定価3570円より高値で出品されているが)。

長く待ち望まれていた映画化をついに果たしたのは、『300<スリーハンドレッド>』(やはりアメコミが原作)でその卓越した映像センスを印象づけたザック・スナイダー監督。映画冒頭でコメディアンが自宅で侵入者と格闘するシークエンスは、『300』の戦闘シーンを彷彿とさせるスローモーションを効果的に挿入した演出で、ドアの部屋番号「3001」の1の部分が外れて「300」になるお遊びもある。

原作から取捨選択は当然あるにせよ、非常に忠実に映画化されているとして、評論家や原作ファンからも高く評価されているが、一部では原作以上に描き込まれていたり、暴力表現や性的な表現がより過激になっていたりする(日本では15歳未満が鑑賞できないR-15指定)。ボブ・ディランの『The Times They Are a-Changin』(時代は変わる)がバックで流れる中、「もうひとつの世界」の歴史とウォッチメンたちの盛衰が短いカットの連続で語られるオープニングクレジットでは、原作ではセリフ1つで説明されたようなエピソードまでしっかり作り込んで映像化されているなど、2時間43分の本編にぎっしり情報を詰め込むという徹底したこだわりが伝わってくる。

歴史的な報道写真や有名な絵画、映画作品からの引用も盛り沢山だ。たまたまワイアードで昨年10月に掲載した「LEGOでたどる歴史:有名な報道写真を再現、画像ギャラリー」という記事の写真で報じられた史実のうち、「対日戦勝を祝す水兵と看護婦」、「炎に包まれる仏僧」、「武装兵に花を差し出す反戦活動家」「月面の宇宙飛行士」がこのオープニングクレジットにも引用されていて、少しずつ現実に変更が加えられている。過去の映画への言及は、『JFK』と『博士の異常な愛情』、『地獄の黙示録』あたりが分かりやすい。スナイダー監督はインタビューでこのほかに、『タクシードライバー』と『ロボコップ』についても触れている。

記事冒頭のストーリー紹介にもあるように、ニクソンが1980年代に入っても大統領職にとどまっているなど、米国(とその国際関係)の現代史を少しずつ改変して、独自の世界観を構築しているのが映画の特徴だ。そこが面白さでもあり、逆にその辺の知識がないか関心がない観客にはハードルにもなりそうな気がする(試写会場で隣に座っていた50がらみの男性は、始まって1時間あたりから大いびきをかいていた)。1940年代~80年代の米国の政治や社会、国際関係にそれほど詳しくないが、やっぱり『ウォッチメン』を最初の鑑賞から目いっぱい楽しみたいという人は、先に原作を読むか、公式サイトの作品紹介にざっと目を通しておくとよいかもしれない。いつものレビューでは公式サイトなどで予備知識を仕入れないことをお薦めしているけれど、この作品ではなにしろ、過激なアクションと斬新なCG視覚効果だけでなく、ミステリー仕立てのストーリーに沿って、政治や思想、物理学の要素までもが語られ、字幕も読まなければならない日本人観客にとっては特に、過剰すぎるほどの情報量に対峙しなければならないからだ。

R-15指定ということもあり、当然ファミリー向けではないし、往年のアメコミ映画のように単純な勧善懲悪や健全で痛快なアクションを期待してもいけない。とはいえ、『ブレードランナー』や『ダークシティ』といったSF映画の陰鬱な世界観、『ダークナイト』の重厚でリアルなドラマ、『300』『ウォンテッド』あたりの先鋭的な映像表現が好きな人なら、きっと『ウォッチメン』もお気に入りの映画になるだろう。

おまけ:ウォッチメンの先代にあたる「ミニットメン」のアーケードゲーム。こちらは気楽に遊べます。

『ウォッチメン』 3/28(土)より丸の内ルーブルほか全国ロードショー
原題:Watchmen 2009年米国映画
監督:ザック・スナイダー
原作:デイブ・ギボンズ
出演:ジャッキー・アール・へイリー、パトリック・ウィルソン、ビリー・クラダップほか
配給:パラマウント ピクチャーズ ジャパン

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プロフィール

フリーランスのライター、翻訳者としての活動を経て、2010年3月、ウェブ・メディア・地域事業を手がける(株)コメディアの代表取締役に。多摩地域情報サイト「たまプレ!」編集長。ウェブ媒体などへの寄稿も映画評を中心に継続している。

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