『007/慰めの報酬』:より激しく、より複雑に進化した「21世紀のボンド」、意外にエコの要素も(後)
2009年1月16日
(前半から続く)
アップトゥデートな適応といえば、意外なことに「エコ」の要素も挙げられる。まず、先に紹介したドミニク・グリーンの悪の組織は、環境保護を隠れみのにしているという設定だし、資源を独占し価格操作によって経済的な支配を目指すというのも、昨年の原油価格高騰と各国経済の混乱ぶりを思い出させる。また、従来のボンドカーはガソリン食いまくり、CO2出しまくりの高級スポーツカーというイメージだが、米Ford Motor社は今作に電気自動車『Ka』と燃料電池・電気ハイブリッド車『Edge』を提供した(参考、市販モデルとは異なるとのこと)。
007シリーズの名物の1つ、スパイ用ガジェットの開発を担当するMI6のQが登場しないのは前作と同じで、当ブログ的には残念な点だが、MI6のオフィスのシーンでは、『アイアンマン』にも登場したガラスのディスプレイ装置や、『Microsoft Surface』風のマルチタッチ・スクリーン搭載テーブルが最先端のハイテク感を演出している(いずれも公式サイトの予告編に少しだけ映っている)。後者のテーブルはグラフィックデザイン会社の米MK12社が手がけた架空のガジェットで、同社は冒頭のタイトルシークエンスにも協力した(参考)。ちなみに先月公開された『地球が静止する日』では、本物のMicrosoft Surfaceが使われていた(参考)。
会話と字幕で面白かったのは、Mとその部下タナー、ボンドとの携帯電話ごしの以下のようなやり取り。
Tanner: [Calling Bond on a cell phone] I've got Bond.
M: Ask him about Slate.
Tanner: She wants to know about Slate.
Bond: Tell her Slate was a dead end.
Tanner: Slate was a dead end.
M: Dammit, he killed him!
(Wikiquote)
スレイトというのはグリーンから調査を依頼された地質学者で、ボンドが捜査の手がかりとして追った際に消されている。「Mがスレイトのことを知りたがっている」とタナーから聞かれたボンドは、「スレイトはdead endだったとMに伝えてくれ」と言う。このdead endは、第一義としては(手がかりが)「行き止まり」になったことを指すが、文字通り「死」もほのめかしている。これを伝え聞いたMが「ボンドは彼を殺したんだわ!」と怒るわけだが、戸田奈津子氏はこのdead endに「脈無し」という字幕を当てていて、これはうまい意訳だと感心した。なお、ここではボンドの"Slate was a dead end"という言葉をタナーが復唱してMに伝えているが、実は脚本家チームもこのダブルミーニングが気に入っていて、タナーがボンドの台詞を繰り返す(それによって強調する)状況を敢えて設定した、というのは考えすぎだろうか。
もうひとつ、CIAエージェントのフィリックス(ジェフリー・ライト)とボンドがバーで飲んでいると、ボンドを狙う敵の一味が店を急襲するシーン。直前に危機を察知したフィリックスはこうささやく(予告編の1分50秒あたりで確認できる)。
Felix: James, move your ass.
(字幕:ジェームズ 急げ)
ここの字幕は、英語の台詞のおかしさ(ケツを動かせ)を伝えきれていないのがちょっと残念だが、言うまでもなく字幕翻訳には厳しい文字数の制約があるので仕方ないのだろう。とはいえ、予告編で前後をカットしてこの台詞だけ抜き出しているのは、多分トレーラーを編集した人が受けを狙ったから、というのは考えすぎだろうか。ここだけ見ると、ジェフリー・ライトがムードたっぷりの低い声でダニエル・クレイグにエッチなことを要求しているみたいだ。
さらに、この二人の関係を英米の関係として解釈するとまた面白い。かつて宗主国と植民地という上下関係だったのが、米国が独立していつの間にか立場が逆転し、今や米国が英国をサポートし指図するまでになった。白人がアフリカから奴隷として新世界に連れてきた黒人が、いつか逆に白人を支配するようになるという、半無意識的な恐怖が脚本チームに書かせた自虐ジョーク混じりの台詞が、オバマ新大統領からあれこれ言われるであろう2009年以降の英国の境遇を奇しくも言い当ててしまった、というのはもちろん考えすぎだ。
『007/慰めの報酬』
監督:マーク・フォースター
脚本:ポール・ハギスほか
出演:ダニエル・クレイグ、オルガ・キュリレンコ、マチュー・アマルリック、
ジュディ・デンチ、ジェフリー・ライトほか
公開:1月17日(土)18日(日)先行上映
1月24日(土)より丸の内ルーブルほか全国ロードショー
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
公式サイト
高森郁哉の「ArtとTechの明日が見たい」
過去の記事
- 最後に、オススメの映画を何本か2011年5月31日
- 放射性廃棄物を巡る問いかけと印象的な映像:『100,000年後の安全』2011年4月15日
- マイケル・ムーアに原発問題を映画化してほしい2011年4月11日
- 震災と映画業界:公開延期と、「自粛解除」の兆し2011年3月29日
- 「SF系」、地味に現実へ浸食中2011年2月28日