大統領就任式の四重奏:『Air and Simple Gifts』に込められた願い
2009年1月21日
1月20日(米国時間)のオバマ新大統領就任式で、チェリストのヨーヨー・マらによる四重奏で『Air and Simple Gifts』が演奏された。『Guardian』の記事によると、メンバーはアフリカ系米国人のアンソニー・マギル(クラリネット)、フランス生まれの中国系米国人ヨーヨー・マ(チェロ)、イスラエル出身のイツァーク・パールマン(バイオリン)、ベネズエラ出身で現在米国在住のガブリエラ・モンテロ(ピアノ)。ケニア出身の父とカンザス州出身の母を持つ新大統領にふさわしい、多民族の協調を象徴するコンチェルトのパフォーマンスとなった。
演奏曲は、『ジョーズ』『スター・ウォーズ』の映画音楽で有名な作曲家、ジョン・ウィリアムズによる『Air and Simple Gifts』。これは新作というよりも、米国に移住してきたキリスト教シェーカー派の19世紀半ばの歌『Simple Gifts』(簡素な贈り物、Elder Joseph Brackett作)を編曲し、イントロを追加作曲したというほうが正確だ(上の動画では、1分20秒過ぎから『Simple Gifts』の主題がクラリネットで演奏される)。
Wikipediaの『Simple Gifts』の項によると、シェーカー派の賛美歌や労働歌として分類されることも多いが、実際は踊りの歌として親しまれたようで、YouTubeにはこんな動画もあった。
歌詞と訳については、翻訳家の光野多恵子氏のブログに詳しく書かれているが、"To bow and to bend"(身をかがめてお辞儀する)、"To turn"(回る)が踊りの具体的な指示になっていると同時に、「謙虚になる」「(正しき所に至るまで)変わる、変化する」という、生きる姿勢を説く象徴的な意味も込められている。これらはもちろん、金融危機を招いた昨今の米国経済のあり方やイラク侵攻などの外交政策に対する反省と、オバマ氏のキャッチフレーズ"Change"に呼応する。
さらにWikipediaによると、『Simple Gifts』は20世紀前半まではシェーカー派教徒以外にはあまり知られていなかったが、米国の作曲家アーロン・コープランドが1944年に発表したバレエ音楽『アパラチアの春』に編曲して使ったことで有名になった。『アパラチアの春』は19世紀の米国開拓民の物語だというから、この曲を知る米国人たちは、建国と開拓の時代に生きた祖先たちのように初心に返り、苦難の時期を乗り越えて国の再建に取り組もうという思いを強くしたことだろう。
フィードを登録する |
---|
高森郁哉の「ArtとTechの明日が見たい」
過去の記事
- 最後に、オススメの映画を何本か2011年5月31日
- 放射性廃棄物を巡る問いかけと印象的な映像:『100,000年後の安全』2011年4月15日
- マイケル・ムーアに原発問題を映画化してほしい2011年4月11日
- 震災と映画業界:公開延期と、「自粛解除」の兆し2011年3月29日
- 「SF系」、地味に現実へ浸食中2011年2月28日