「ミュージックビデオ2.0」ってなんだ
2008年9月12日
インターネット時代の新しい音楽ビデオのかたちについて、AP通信のJake Coyle氏が考察しています。記事の冒頭で紹介されているのは、Mathieu Saura氏というフランスの映像作家の手法。Saura氏のビデオでは、ミュージシャンたちが路上や駐車場、移動する車の中などでアコースティックギターを弾きながら歌う様子が、編集なしのワンテイクで収められています。たとえばこんな感じ。
ザ・クークス『Ooh La』
クークスはEMIからレコードを出しているバンドで、この曲にも当然、いわゆる普通のPVもあるわけですが、比べてみると、確かにSaura氏のビデオのほうが過剰な演出がそぎ落とされ、アーティストや曲が身近に感じられます。ビデオの後半では、歩きながら弾き語る2人がライブに集まったとおぼしきファンたちの中へ入っていくと、自然発生的にサビの合唱になるシーンもあって、音楽の幸福な瞬間を収めたドキュメンタリーとも言えそう。
R.E.M.などの大物アーティストにも支持されたSaura氏のミニマルなビデオは、同氏がVincent Moon名義で運営しているサイト『La Blogotheque』やYouTubeにアップされて人気を集め、世界中の数多くのブログに転載されています。映像の手法だけでなく、こうした伝わり方も含めて、APのCoyle氏は「ミュージックビデオ2.0」と呼んでいるようです。
ただ、素直に「おーなるほど納得」という気がしないのはなぜか。Web 2.0については諸説あるものの、第1世代のウェブから進化したもの、という認識は共通しているでしょう。一方でSaura氏の音楽ビデオは、お金と手間暇のかかったPVのカウンター的存在、オルタナティヴであることは明白ですが、「進化」と呼ぶには違和感があります。直系の第2世代というより、主流から派生した傍流という感じでしょうか。
食べ物にたとえるなら、たくさんの香辛料と手の込んだソースを使ったこってり系の料理と、しょう油や塩、酢で味付けしたさっぱり系の違い。素材の味を活かすシンプルな味付けもいいけど、手間暇かけた豊かで奥深い味わいの料理もやっぱり楽しみたい。両方あるからいいのであって、さっぱり系だけになったらきっとさびしいはず。
とはいえ、動画サイトやブログ、SNSを介したバイラルなコンテンツの伝わり方が、いつか登場するであろう、まだ見ぬ「ミュージックビデオ2.0」に関係してくる可能性はあるのかもしれません。以前の記事で紹介した、レディオヘッドがPVに使われた3DマッピングデータやProcessingツールのソースコードを公開した試みなども、ミュージックビデオの進化に寄与することになるのかも(記事を書いてからほぼ2ヵ月ぶりにYouTube内の『House of Cards』専用グループを見たら、85本の動画がアップされていました。オリジナルを除いて一番人気は、3Dマッピングデータの動きをレゴブロックのCGで表現したこの動画で、再生回数8万回以上)。
レディオヘッドの例にちょっと近いのは、エイミー・マンが自曲『Freeway』のカバーバージョンをYouTube動画で募集したコンテスト。結果は8月末に発表され、ロードムービー風にバスの窓からの風景を写した作品と、『アイアンマン』のようなコスチュームにロボットボイスのボーカルというアイデア勝負のビデオが最優秀作に選ばれています。
このように、曲やPVを完結したコンテンツとして一方通行で供給するだけでなく、再創作のための素材としてファンやネットユーザーに提供することで、なにかしら新しいものが生まれて、いつかはミュージックビデオの進化につながるのかもしれません。
最後にもうひとつ、エイミー・マンと映像のかかわりで付け加えておくと、ポール・トーマス・アンダーソン監督の映画『マグノリア』(1999年公開)。彼女の曲に触発されて作られた(※)というこの群像劇の中で、登場人物たちが『Wise Up』をメドレーで歌うシークエンスを覚えている方も多いのでは。ミュージカル映画でなく、普通のドラマ映画で音楽がこうした役割を担うのは観た当時新鮮に感じられたし、個人的に曲自体も好きなので、下に動画を貼っておきます。
※ 『マグノリア』とエイミー・マンのかかわりについては、英語版Wikipediaのこちらに詳しい。
高森郁哉の「ArtとTechの明日が見たい」
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