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白田秀彰の「網言録」

情報法のエキスパートが、日常生活から国家論まで「そもそも論」を展開し、これからどう生き抜くべきかを語る。

第二回 内容

2007年5月24日

さて、この「網言録」。基本的には私の説教を書こうと思う。ネットワークでは、権力者や強い者を叩いて揶揄して、多くの人々の気分をスッキリさせる記事が人気を得るらしいことは、よくわかっている。一方、堕落しがちで安易に流れる私達自身の欠点を暴露し、これを批判矯正しようとするような記事は、だいたいにおいて読者から記事の欠点や誤りを指摘され、著者は「傲慢である」との批判に晒され、blogは炎上し消えていくことになることも、よくわかっている。

でも、私も40歳になる。大学生たちは、私の子供の世代だ。私が彼らに伝えておきたいことを遺しておきたいと思うようになった。もちろん、身近な学生たちにそうした話をすれば済むことではあるのだけれど、実はそれが不可能あるいは困難になっていることが、この「網言録」をはじめようと思った理由だ。

現在は、「主流である」と認識されている価値観が存在しないか、あるいは揺らいでいる価値観多様化の時代だ。そして、いわゆる知的水準の高い人々ほど、この多様化した価値観に対して寛容であるべきだ、ということになっている。簡単に言えば、「そういう考え方もアリだよね。がイイ感じ」で「○○であるべきだ、というのは頭の堅い(悪い)人間だけ」ということだ。この多様化した価値観の容認あるいはそれへの寛容が、かなり強力な社会的圧力として存在している。一方、そのいわゆる「多様化」の裏側で、人間存在の画一化と個性の抑圧が進行していたとしても、そのことを指摘することは、非常識であり失礼であり場の空気が読めていないことになるらしい。

残念でした。私は「場の空気が読めない」人間なんです。

だから、私が私なりの経験や知識から「○○したほうがいいよ」と学生達に呼びかけることすら、彼らの自由な個性や価値観に対する干渉・侵害になってしまう状況が作られている。簡単に言えば、彼らは聞く耳持たないし(「べき論」に対して聞く耳持つべきでないと誰かから教育されてきたし)、そういう呼びかけをする私は、ダサくてウゼエ奴ということになる。ならば、彼らにヘラヘラと迎合しながら、ニコニコしていたほうが、私に対する学生の評判はよくなる。とはいえ、私にしてみれば、彼らの自由にさせた結果どういうことになるのか、おおよそわかっているだけに、彼らが気の毒にもなるのだ。

まあ、こうした心情の発生を「オヤジ化」と批判されても仕方がないとは思う。

そこで、インターネット上の記事であれば、極めて僅かであっても私の説教を聴いてくれる人がいるかもしれないし、記事が残っていれば、後世なんらかのきっかけで私の説教を理解してくれる人が出てくるかもしれない。そうした僅かな可能性に賭けて、このblogが炎上し消えていくまで頑張ってみようと思ったわけだ。

とはいえ、大上段に構えて「人生とはかくあるべし!」とか「世界とはかくあるべし!」とかやるつもりは、私にはない。私がこの「網言録」を構想するにあたって、なんとなく手本としたのは、かなり有名な本であるはずなんだけど、たぶん読んだ人は少ないのではないかと思う『チェスターフィールド卿の息子への手紙 (Lord Chesterfield's Letters to His Son)』なんだ[*1]。この本の内容を成す手紙は、18世紀末に貴族のオヤジが息子へ処世術を説いたもの。思想的・哲学的本質よりは、表面的な処世術を重視する(ようにみえる)その内容から、浅薄な処世術を指す "Chesterfieldism" なる言葉まで生まれたらしい。とはいえ、この本が長くかつ広く世の中で読まれたということは、その内容に真理をあらわした面があったことを証明している。

他人を言葉で攻撃するものは、同じ言葉で自らもまた傷つけるものだという。おそらく「網言録」を書くうちに、私の奇矯なモノの考え方や、私の弱点・欠点、愚かさを暴露するハメになるだろうことを予想している.... それでもッ! 伝えねばならないことがあるのだッ! という、私のJOJO的な「覚悟」が読者の皆さまに伝わりますように。

*1. 現在では、Philip Chesterfield, 竹内 均 訳, 『わが息子よ、君はどう生きるか』三笠書房 2005 として入手可能です。

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プロフィール

1968年生まれ。法政大学社会学部准教授。専門は情報法、知的財産権法。著書に『コピーライトの史的展開』、Hotwired Japan連載をまとめた『インターネットの法と慣習』がある。HPは、こちら

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