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白田秀彰の「網言録」

情報法のエキスパートが、日常生活から国家論まで「そもそも論」を展開し、これからどう生き抜くべきかを語る。

第一回 表題

2007年5月17日

かつての Hotwired Japan が WIRED VISION として装い新たに新創刊した。わりと固めの、しっかりとした内容のある記事を掲載していたWIREDが復活することは、ネットワークの文化を高めるという観点からみて、とてもよいことだと思う。江坂編集長、おめでとうございます。

さて新創刊にあたって、江坂氏から、また連載記事を書くように依頼された。しかも今度はblog形式なんだそうだ。 blogを使うと、短い期間で次々に記事を書かねばならない圧力が強まりそうで、私にとってはあまり嬉しくなかったりするんだけど、漠然と書きたいことがあるので、引き受けることにした。でも、私が書きたいことは、もう法律とかコンピュータとかネットとかの話ではないんだ。

前回の連載である「インターネットの法と慣習」は思いのほか好評で、その記事をまとめて刊行した新書もまたけっこう売れているらしい。みなさん、ご支持ありがとうございます。そのオンライン版「法と慣習」での最終回の記事は、「現実2.0」と題したものだった。それは、法の話でも慣習の話でもなく、私達が暮らしている「現実」が私達の思い込みによって作られていること、そして「現実」がとても退屈で醜悪であることを指摘して、「なんとかマシにしようよ」と呼びかける記事だった。この記事は、一部の熱い魂を持っている人々には、かなり「グッ」と来る記事だったようだけど、そうでない人々には、なんだか時代遅れでウザく感じる記事だったようだ。

幸い江坂氏は「グッ」と来る側の人だったようで、新連載にあたって提案された blog のタイトルは「現実2.0」だった。ところが、このタイトルでの blog がすでに存在していることを私は知っていたので採用しなかった。次に、江坂氏が提案してきたタイトルには、"hack"という言葉が入っていた。どうも最近 "life hack" すなわち「ちょっとしたtipsで生活改善とか仕事改善しましょうよ」という考え方が流行っているようで、hackという言葉が 以前よりもかなり一般的な意味で使用されているらしい。でも、私はネットワーク文化における古典的な意味での hack という語義を維持したいと思っているので、そういう語義の拡散した一般的な"hack"という言葉の用法に荷担するのは避けたいと思った。そこで、この提案も断った。

私には、一般的な事柄についてグチりたいこと、あるいはツッ込みを入れたいことがたくさんあるので、私はもっと一般的なタイトルを採用したかった。イギリスでの最初期のジャーナリズムと言われている「タトラー」とか「スペクテイター」のような、「The+ナントカ+er」タイプのタイトルにしたいなぁ、とも思っていた。でも、なんだかピッタリくる単語を思いつかなかったのであきらめた。また、「ブログ」という言葉をムリヤリ漢字に置きなおすと「部録」になるなぁ、とも思ったので、単に「部録」というタイトルにしようかと思っていた。でも、「部録」という言葉も、すでに一般的に使われているようなので、これも採用を見送った。

そこで、最近凝ってる書道(の真似)で、半紙に筆でいろいろ書いていたら、以前に自分が提案したことのある言葉を思い出した。それはネットワーク上での言論を「網論」と呼ぼう、というものだった[*1]。ぜんぜん流行らなかったけど。さらにこのころ、政府関係者からも私が変人であると思われているらしいことを茶会員から聞いていたので、公的にも私の「変人扱い」が確定したようだと理解していた。政府認定変人か。そうであるならば、私が何を提案しようとも書こうとも「妄言」として扱われるはずだと思った。そこで、「網論」で「妄言」を「部録」するのだから、「網言録」が一番ピッタリくるのではないかと思い、江坂氏に「「網言録」というタイトルで連載できないのなら、連載を降ります」と脅迫めいた文章を送って、これに確定してしまった。さて、このタイトルでいつまで連載が続くかな。あっさり終わったりして(笑)。


*1. 「網論」との共生関係構築へ --- 公論形成に向けたマスメディアの役割, 新聞研究, 日本新聞協会, 2005年1月号, pp.19--22. この論文の内容について興味がありながら、雑誌「新聞研究」が入手困難である方がいらしたら、個別に筆者宛に連絡してください。

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プロフィール

1968年生まれ。法政大学社会学部准教授。専門は情報法、知的財産権法。著書に『コピーライトの史的展開』、Hotwired Japan連載をまとめた『インターネットの法と慣習』がある。HPは、こちら

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