第十八回 和装 II
2007年9月12日
(白田秀彰の「網言録」第十七回より続く)
私は女性ではないので、女性が和装することについて実体験をもとにした見解を述べることができない。とはいえ、女性の着付けの複雑さを知ると、男性よりも女性のほうが和装の負担が大きいのではないかと思う。そういう意味で、男性はもっと積極的に和装しても良いのではないか。とくに和装の女性と連れ立つとき、Tシャツとジーンズ等で済ませている男性がいるが、それは苦労して和装している連れの女性に対して礼と均衡を失しているのではないか。また、「ハレ」着としての和装の着付けは複雑かもしれないが、女性にしても日常着としての着物が存在していたはずだ。男性と同じように簡略に着付けて、簡略に帯を結んでいたのだと推測する[1]。おそらく、現在の女性の着付法とされている作法は、もともと武家や裕福な商家の女性向けのものではないか。
また、冬の和装については、またそうした季節に機会があれば述べることにしたい。さすがに冬になると、私の和装の割合は低下し、暖かく体を包む洋服を使う頻度が上がる。それでも、自宅で机仕事をするときには、帯部分しか締め付けない和服の楽さを捨てがたい。
ここまでの記事を読んで、和装に興味関心をもった読者がいるかもしれない。その場合に、男性向け雑誌等で情報を集めると、高級デパートの呉服売り場や、銀座や浅草に存在するかなり高級な店の情報に行き当たるだろう。そのような店で基本的な和装一式を購入しようとすると、おそらく給料の一か月分以上を費やすことになる。
そんな高価いものを着て、日常生活なんぞできるわけねえ!
というわけで、私が和服を購入するときには、 「男のきものドットコム」か、 「美夜古企画」で購入することが多い。これらの店なら、標準的なスーツ一着分程度の価格で 和装一式が揃うはずだ。また、そこでは、自宅あるいは一般のクリーニング店で洗濯できる製品も多く見られる。
現在の和装業界は、趣味的で小さくなってしまった市場に対して、信じられないほど高額な商品を投入することで利益を確保する、という「多利薄売」戦略をとっている。しかし、この戦略は、一般的に低所得である若年層から和装の良さを知る機会を奪い、結果的に市場の高齢化と縮小を招いていると私は考える。そうした悪循環に対して、UNIQLOがきわめて安価な入門セットを市場に投入したことを、和装業界は感謝しかつ見習うべきだと私は考える。
とにかく若年の消費者たちに、和装の着付けと和装の振る舞いに慣れさせることが和装業界発展の鍵のはずだ。ヲタ市場をみても、『るろうに剣心』『BLEACH』『銀魂』など、コスプレとして和装を受け入れる部分が存在する。また、近年、若年層において、古着着物需要が高まっているというような記事を見たことがある。実際に、和装で都心にでかける途中の女子高校生あるいは女子大学生を中央線の電車内で数回目撃している。もちろん、古着着物には、現在のものに存在しない素材やデザインといった魅力があるが、最大の魅力は、「安価であるがゆえに、気軽に買って、気軽に着れる」という自由さにあるのだと私は考える。若者もまた和装に興味をもっているはずだ。ただ、手近に安価に和服を手に入れる経路が存在しないのだ。
現代のポストモダンな文化環境において、その戯れの一つであるコスプレをきっかけとしてでも、和装という伝統的な民族服の普及をはかり、和装を足がかりに日本伝統の操身法や関連文化が自然に定着する、という回路がありうる。正統文化が存在しない現代の文化環境においては、そうした戦略しか取れないと私は考えている。それは、スーツ・スタイルが拘束し強制する生活様式が、近代の基礎となる操身法と関連文化を定着するための一つの要素である、と私が主張した理由を並行的に支えている。
そこで、さらに和装が私の振る舞いにどのような変化をもたらしたのかを述べ、それが伝統的文化へ私を誘導したという実例を掲げたい。
* * * * *
[1] 最近、書店の和装コーナーなどでみる「普段着としての着物」について述べた書籍等みると、現在では男性の帯の結び方である「貝の口」や「片ばさみ」が女性にも推奨されているようだし、どうも庶民階級の女性は、昔からそのような帯の結び方をしていたようだ。そりゃ毎日毎日、いちいち複雑で華麗な帯の結び方などする暇など、彼女らには無かったはずだ。
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白田秀彰の「網言録」
過去の記事
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- 第十九回 和装 III2007年9月19日
- 第十八回 和装 II2007年9月12日
- 第十七回 幕間 III2007年9月 5日