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大谷和利の「General Gadgets」

古今東西、デジ/アナを問わず、優れたコンセプトを持つ製品を独自の視点で紹介する。

「モバイルコンピューティングの未来」はパラダイムシフトによる未来

2009年7月 2日

(これまでの 大谷和利の「General Gadgets」はこちら

iPhoneと対抗製品が日々刻む革新

6月25日に慶應義塾大学三田校舎にて開かれたトークセミナー『次世代モバイルは世界をどう変えるか 〜iPhone利用調査+次世代モバイル徹底討論〜』に、筆者はスピーカーとして参加した。

このトークセミナーは、ワイアードビジョンとアスキー総研、そして慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)の共催によるもので、他のスピーカー、パネラーとしては、iPhoneのアプリ開発で数々の実績をあげているHMDT株式会社代表の木下 誠さん、元マイクロソフト会長で現KMD教授の古川 享さん、KDDI総研リサーチフェローの小林雅一さんも参加され、興味深いセッションが繰り広げられた。

今回は、いつものガジェット系の話題とは少し趣きが異なるものの、せっかくなので上記トークセミナーを振り返り、筆者なりの感想を述べたいと思う。

セミナーは3部構成で行われ、まず第一部の「iPhone利用実態調査結果報告」では、アスキー総研の調査によるiPhoneユーザーの製品購入動向や利用実態が発表された。

調査対照が、平均的なユーザーに比べ新技術に対して積極的に行動するアーリーアダプター寄りと思われるものの、ユーザーの4割が昨年7月の発売直後にiPhone 3Gを購入しており、他人の評価を基準にするのではなく、自ら試してみるという姿勢がはっきりと現れている。

また、その中の4割がiPhone 3GSの購入も予定しており(iPhone 3Gを発売直後に入手しなかった人も含めると25%が新機種購入予定)、新機種への期待もかなり高いことが理解できる。

利用頻度が、Web>メール>電話の順であることも予想通りであり、2割を越えるユーザーが1日に20回以上Webアクセスを行っている。さらに、iPhoneの特徴の1つであるアプリの存在が多岐に渡る利用法を可能にしており、携帯電話のみならず従来のスマートフォンの枠を超えた使われ方がなされていた。

アスキー総研の調査による「iPhone利用実態調査結果報告」から

第一部、アスキー総研の調査による「iPhone利用実態調査結果報告」から。調査対象が、比較的先端ユーザーということもあるが、有効回答者数736名のうち、4割が昨年のiPhone 3Gを発売直後に購入し、さらにその4割がiPhone 3GSに乗り換えるという結果が出た。

第二部では、iPhoneアプリ開発の最前線で活躍する木下さんが、iPhone 3GSとiPhone OS 3.0の概要説明と分析を行い、開発者の立場から見たiPhoneの魅力と可能性について論じられた。

筆者も同感だが、iPhoneはもはやスマートフォンの枠を超えて汎用の小型コンピュータの域に達しており、Wi-Fiと携帯ネットワークによってほぼユビキタスなインターネット環境も実現されている。

iPhone 3GSでは、タッチパネルに加えて音声コントロールなど、よりモバイル環境に適したインターフェース要素も加わったことで、これからさらに前例のないアプリや利用法の出現が期待されるところだ。

木下 誠さんによる「iPhone 3GSと、iPhone OS 3.0を読み解く」から

第二部、HMDT株式会社代表の木下 誠さんによる「iPhone 3GSと、iPhone OS 3.0を読み解く」から。iPhoneは、もはやスマートフォンの枠を超えた汎用の小型コンピュータであるとの解説をはじめ、開発者から見た魅力の分析が行われた。

筆者も登壇した第三部の「モバイルコンピューティングの未来」のパネルディスカッションでは、古川さん、小林さんと共に、それぞれのバックグラウンドを活かした視点からモバイルデバイスの現状分析や世界市場における動向を語りあい、今後の見通しについての展望を行った。

パネルディスカッションのパネラー

第三部、「モバイルコンピューティングの未来」のパネルディスカッションのパネラー(右から、古川 享さん、小林雅一さん、筆者)とモデレーターを務めていただいたアスキー総研の遠藤 諭さん。

第三部開始直前のパネラー

第三部開始直前のパネラー。右のスクリーンには、会場からメールで送られた来場者のメッセージやコメント、質問などが3秒遅れ程度で表示される仕組みだったが、セッション中は発言に集中してしまい、なかなか目を通す余裕がなかった。

大谷は、先ごろiPhoneのペイントアプリBrushesで描かれたイラストがアメリカの有名な週刊誌The NEW YORKERの表紙を飾ったことを採り上げ、初代Macintoshのお絵描きツールMacPaintとも比較しながら、iPhoneのクリエイティブツールとしての可能性に言及。

今後とも、MacやPCはクリエイティブ&プロダクティビティツールとしての地位を維持するものの、iPhoneのような高機能スマートフォンが、クリエイティブ分野の一部を担いつつ広い意味でのコミュニケーションツールとして普及することを予想した。

また、噂されているアップル社のネットブックは、iPhone OS 3.0のテザリング機能を利用することで、販売面や利用面でiPhoneとの連携を重視した展開が考えられることにも触れた。

新刊「43のキーワードで読み解く ジョブズ流仕事術」の説明を行う筆者

自己紹介を兼ねて新刊「43のキーワードで読み解く ジョブズ流仕事術」の説明を行う筆者。

クリエイティブツールとしてのiPhoneの可能性に言及

筆者は、iPhoneアプリBrushesで描かれたイラストを表紙に採用したThe NEW YORKER誌の実物を掲げ、クリエイティブツールとしてのiPhoneの可能性に言及。従来はコンピュータの守備範囲だった領域にも、iPhoneがすでに進出済みであることを示した。

シェア以上に利用実態が重要

筆者が「シェア以上に利用実態が重要」ということを示すために用いた図。モバイルインターネットデバイスに占めるスマートフォンの割合は12%に過ぎないが、実際のWeb利用は35%に達している。

iPhoneとAndroidのシェア

同じく、さらにスマートフォンの中でiPhoneとAndroidのシェアは、それぞれ8%と1%未満だが、WebリクエストやHTML利用率は両者合わせて半数近い、もしくは3/4近くを占めている。

小林さんと古川さんも、それぞれの立場から業界におけるiPhoneの立ち位置を分析しつつ、他のスマートフォン製品の動向やユーザーインターフェースの今後についても広い視野から論じられた。

特に小林さんは、現地取材の貴重なビデオによる最新のUI技術を紹介され、また古川さんはiPhoneのオカリナアプリが、単なる電子楽器にとどまらずに、ネットでつながった世界への窓になっていることを指摘し、人とデバイス関係が確実に変わりつつあることを印象づけた。

モバイルUIの最新事情を説明

小林さんは、実際にアメリカなどで取材した際の映像などを見せつつ、モバイルUIの最新事情を説明。あえてiPhoneとは異なるタッチスクリーンUIを開発している企業の事例などにも触れていった。

iPhone以外のプラットフォームの動向も解説

実際に大学院で教鞭を執る古川さんは、iPhone 3GS発表の当日に、学生に対してiPhone 3Gとの違いを10項目挙げるように指示したエピソードなどを挙げながら、iPhone以外のプラットフォームの動向も解説した。

次世代モバイルの多様性を語る古川さん

iPhone OSやAndroidの陰に隠れがちだが、Linuxベースの端末の存在にも触れ、次世代モバイルの多様性を語る古川さん。 

最後のQ&Aセッションでは、国内家電メーカーに勤められていた参加者から、これらのモバイルデバイスにおける日本の技術の貢献度を心配する意見も出された。これに対してパネラーは、実際には見えないところで様々な国産技術が利用されていることを指摘。その上で、日本企業が要素技術ではなく製品そのもので勝負していくためには、発想の転換と世界市場でトップをとろうとする気概が求められる点も強調した。

結論的には、従来の携帯電話は回線がアナログからデジタルになったときも、またデジタル回線が高速化した際にも、確かに音質の向上や扱えるデータの種類は増えたが、実際の機能や使われ方で言えば同一ベクトル上の進化に過ぎなかった。しかし、iPhoneやAndroidの登場は、もはや携帯電話と一括りにはできないパラダイムシフトを起こしており、その流れはもう誰にも止められないということだ。

たぶん、Androidは、他の様々な機器にも組み込みOSとして普及していくだろうし、アップル社はiPhone OSをライセンスすることなく、iPhoneそのものを他の機器の頭脳として連携させる道を選ぶことが予想される。そのどちらの方法論が勝つのか、あるいは共存するのかは、今後の両者の戦略次第だが、コンピュータの覇権争い以上にエキサイティングな時代が待っていることは間違いない。

なお、7月9〜12日に「第16回 東京国際ブックフェア」のボイジャーブースにて、iPhoneと電子出版に関するプレゼンテーションを行うことになっており、その中でも今回のテーマと近い話に触れるつもりだ。併せて新刊のサイン会も開催予定なので、イベントに来られる方は、スケジュールをご確認の上、ぜひ同ブースにもお立ち寄り下さい。

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プロフィール

テクノロジーライター、原宿 AssistOnアドバイザー、自称路上写真家。デザイン、電子機器、自転車、写真分野などの執筆活動のほか、商品企画のコンサルティングを行う。近著に「iPodをつくった男 スティーブ・ジョブズの現場介入型ビジネス」、「iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化」、「43のキーワードで読み解く ジョブズ流仕事術:意外とマネできる!ビジネス極意」、「iPadがつくる未来」(以上、アスキー新書)。「Macintosh名機図鑑」(えい出版社)、「iPhoneカメラライフ」(BNN新社)、「iPhoneカメラ200%活用術」(えい出版社ムック)、「iPhone×Movieスタイル」(寄稿:技術評論社)。

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