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小田中直樹の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」

他所(特にフランス)の過去を参照しながら、日本の「現在と未来」を考えるアクチュアルな論考。

第9回 アイデア勝負・そのI

2007年10月 1日

(これまでの小田中直樹の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」はこちら

若者の暴力、移民の対立、学区制。暗〜い話題ばかりが続いたので、フランスってなんてイヤな国なんだ!! ウソでしょ!! といった感想が殺到して困っている……ほどアクセスがあればいいんだけどなあ、ぼく。

それはそうとして、もちろん光あれば影あり、暗い面あれば明るい面あり、である。今回からは、フランスの明るい点に話にふることにしたい……って、どうも話題がフランスに偏ってしまったが、なにせぼくの知識が偏っているゆえ、まことに申訳ない。是非ぼくの後任にはもう少し該博な知識を備えた(以下略)。

そういうわけで、題して「アイデア勝負」である。

【1】
大体フランス人ってのは軽薄短小である、というのが、日本における一般的なイメージだろう。しごとはさっぱりしないし、やるとしても必要最低限だけ。それじゃなんのためにしごとをするか、といえば、それは当然ヴァカンスのためでしょ!! 初夏ともなれば、まちの話題は「今度のヴァカンスはどこ行くの?」一色。んで、男性はヒマさえあれば(というか、しごともせずに)女性を口説き、その先は、いまやほとんど死語となった「アバンチュール」か。その一方で女性がうつつを抜かすのはファッション、つまり「モード」ですね……おお、こういうところだけはちゃんとフランス語になってるではないか。

こんな「軽薄短小」なフランス人に対して、ドイツ人といえば「質実剛健」、イギリス人といえば「温厚実直」、といったあたりが一般的なイメージだろう。

それじゃどうしてこんなイメージが出来上がったのか。先日、日本におけるフランス研究の開拓者として知られる小林善彦さんと酒席をともにする機会があったが、氏にいわせると、そのおおもとには岩倉使節団があるんだそうな。恵比寿ガーデンパレスはライオン・ビアホールの片隅で思わず「そ〜なんですか!!」と大声をあげてしまった不肖小田中である。

小林説によると、外国人のイメージを形成するにあたってもっとも強い力を発揮するのは学校教科書である。ところが、いくつかの教科書をあたってみると、どれもフランス人は「軽薄短小」(という言葉は使わないが、それに類した)的な表現になっている。ということは、きっとタネ本があるにちがいない……そう考えた小林さんがたどりついたのが、かの岩倉使節団の記録である久米邦武『特命全権大使米欧回覧実記』だった、というのである。うーむ、まるで推理小説みたいだぞ、これ。

イメージはイメージであるが、しかし、ある程度は実態を反映している。実際にフランスを歩いてみれば、「軽薄短小」ねぇ、な〜るほど、と感じる場面にけっこう出くわすことだろう。たとえば、しごと嫌いなフランス人というのが本当かどうか知りたかったら、営業終了時間ギリギリに郵便局やデパートにとびこんでみよう。かなりの確率でなかなか感動的な対応(「なにしに来たんですか?」とか「営業終了時間って窓口を閉める時間のことなんですが」とかね)をされる経験ができることうけあいである。あるいは、パリでも地方でも、まちの角々では、男女を問わずだきあってはほっぺにキスしあう光景がくりひろげられているではないか!! じつにけしからん、ここは公道であるぞ……って、でも、これはフランス風の挨拶「ビーズ」なんですけど。

【2】
とにもかくにも、こんな軽薄短小なフランス人がつくりあげてきたのがフランスの歴史である。そうである以上、そこには、いかにも軽薄短小的というか、思いつき一発的というか、なんというか、思わず「いよっ、アイデア勝負!!」と声をかけたくなるような事物が山ほどある。それらがとくに目につくのは、たとえば先端技術を応用する領域だろうか。コンコルド、ハイドロニューマチック、あるいはミニテル……。これらはどれも、着眼点はじつにシャープで、時代を先取りして実用化され、一世を風靡し、でも技術的安定性や収益性などに問題があって消えちゃったか、または流行らなかったという性格をもっている。

Minitel
CreativeCommons Attribution License, Jef Poskanzer

それにしても、読者諸賢はこれら「メイド・イン・フランス」を知っておられようか?

コンコルドは、定期航路に就航したものとしては唯一の超音速民間旅客機である。1969年に初飛行し、エール・フランスと英国航空が一部定期路線に投入したコンコルドは、細身のラインと三角翼からなる印象的なシルエットと、マッハ2という気合のはいった速度で知られた。しかし、低燃費などの理由でさっぱり売れず、200年に墜落事故をおこしたこともあって、2003年に営業飛行を停止。

ハイドロニューマチックは、1950年代にシトロエンが開発した自動車のサスペンション機構である。なんと!! なんでもかの「ボイルの法則」を応用したという、窒素ガスとオイルをもちいた独創的な装置である。「シート上の生卵が割れない」2CVで知られるシトロエンは乗り心地を重視する自動車メーカーとして知られるが、それにしても「ボイルの法則」とはねえ。

最後のミニテルは、1980年代に導入された、電話回線を利用する家庭用電話番号検索端末である。その後オンライン・ショッピングなども出来るようになり、情報端末として、今のインターネットに似た使い方をされた、なんとも先端的なシステムである。しかも端末自体は無料で配布されたため、爆発的に普及した。もっとも、そのせいでインターネットそのものの普及が遅れたというオチがつく。

おお、どれも微笑ましいエピソードである。超音速、「ボイルの法則」、情報端末、どれも時代に先駆けた技術をもちいた、じつに先進的な製品だった。だがしかし……というオチがつくところも、じつにキュートである。おっと、TGVとか、ちゃんとヒットしてるものもあるので、全部が全部「アイデア勝負」というわけじゃないから、そこんとこよろしく。

ちなみに、これに対して、フランスのローテク製品のローテク度にはけっこう度肝を抜かれる。たとえば「白物」とよばれる家電製品だが、電気掃除機にせよ、冷蔵庫にせよ、あるいはテレビにせよ、大抵は「うーむ……」とうなりたくなるような使い心地である。まぁそこが可愛いという説もないわけではないのだが、でもなあ。

そんなフランス的「アイデア勝負」のあれこれのなかから、次回は「アタック」をとりあげてみたい。「アタック」といえば、そりゃ「アタックNo.1」に決まって……ないって。

本日のまとめ……売れてナンボ

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プロフィール

1963年生まれ。東北大学大学院経済学研究科教授。専攻は社会経済史。著書に『ライブ・経済学の歴史』『歴史学ってなんだ?』『フランス7つの謎』『日本の個人主義』『世界史の教室から』などがある。

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