第10回 アイデア勝負・そのII(ATTAC)
2007年10月15日
(これまでの小田中直樹の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」はこちら)
さて、お題はなんだっけか?
と、白々しい問いかけから始まった今回だが、もちろん忘れたわけじゃない。なにを隠そう「アタック」である。日本で「アタック」といえば、いわずと知れた「アタックNo.1」……というのは一定以上の年代にしか通用しない話題であり、いまだったら「驚きの白さ」で知られる花王のベスト・セラー洗剤のことになるだろうか。
しかし、ここはフランスについて論じる場である。花王の洗剤の話をするわけないじゃないか。不肖小田中、かつてフランス西部にあるレンヌという街に滞在したことがあるが、そこでは、あちらこちらの街角に「アタック(Atac)」という名のスーパーマーケットがあった。ちなみにキャッチコピーは「アタックは値段にアタックする」……って、あんた、ガキの使いやあらへんし。
【1】
そんなレンヌ滞在中のある日のこと、無料ミニコミ誌に、面白そうなシンポジウムの知らせをみつけた。自動車企業プジョーの城下町として知られるフランス東部ブザンソンの社会構造を分析した本の著者(社会学者と経済学者の2人)がやってきて、フランス経済の現状について論じるというのである。ちょいと思いたって参加してみたのであるが、どういうわけか参加者の多くが気合の入った活動家にみえる。さて主催者はだれだろう、と思ってプログラムをみたら「アタック・レンヌ支部」とある。アタック? 洗剤か?(違うって)……これがぼくとアタックの出会いだった。
アタック(ATTAC)とは「市民を支援するために金融取引への課税を求めるアソシエーション(Association pour une Taxation des Transactions financi俊es pour l'Aide aux Citoyens)」の略称である。1998年、パリで設立された。
CreativeCommons Attribution License, Antonio Zugaldia
最近日本でもよく「ヘッジ・ファンド」という言葉が聞かれるようになったが、今日グローバル化が進むなかで、国際的な金融取引は拡大の一途をたどっている。たとえば外国為替市場をみてみよう。そこでは、たんにディーリング・ルームの端末を操作するだけで、膨大な利益がころがりこんでいる。しかし、これじゃ不労所得ではないか!! 為替相場の変動のせいで、膨大な数の民衆が貧困にあえいでるではないか!! この事態を改善するべく、外国為替取引に課税し、そこで得られた税収を発展途上地域を中心とする民衆の生活改善にもちいる仕組みをグローバルに整備するべきである……というのがATTACの主張である(ATTAC編『反グローバリゼーション民衆運動』、杉村昌明訳、つげ書房新社、2001)。
【2】
そんなATTACの新しさはなにか。2つだけ挙げておこう。
第1の新しさは、グローバル化に対抗するに際して「地域」や「国家」の枠に閉じこもるのではなく、別のグローバル化を構想することである。外国為替取引課税は、一国レベルでやっても意味はない。たくさんの国が同時に実施してはじめて効力を発揮するのであり、そのためにはATTACはグローバルな運動体でなければならない。これを、彼らは「対抗グローバル化」、つまりもうひとつのグローバル化と呼ぶ……ので、ATTACの諸文書を集め、邦訳して出版された本(前出)のタイトルが「反グローバリゼーション」というのは、かな〜りミスリーディングである。
でも、国際的な連帯をうたう民衆運動なんて、それこそ19世紀からある。1864年ロンドンで結成された国際労働者協会、通称「第1インターナショナル」だ。カール・マルクスをはじめとする各国の社会主義者や労働運動活動家たちを結集したこの団体は、欧米レベルではあるが、それなりにグローバルな性格をもっていた。
第2の新しさは、実際の政策プロセスにインパクトを与えてきたことだ。2005年国連サミットで、フランス大統領(当時)ジャック・シラクは、外国為替取引や航空券に課税し、税収を発展途上地域の住民の生活改善にあてる「国際連帯税」構想を提唱した。こりゃどうみてもATTACのパクリじゃないの。
そして、このうち航空券に課税する「国際連帯航空税」については、一部国家の賛同を得たうえで、翌年、お先に〜とばかりに勝手に導入してしまったのである!! ちなみにブラジルやチリ、さらにはドイツやスペインなども、同税を近日中に導入することを予定してるらしい。おお、じつにグローバルな話である。
さすがはアイデア勝負の国フランス!! じつに稀有壮大な話ではないか!! しかも、まさか本当にやるとは、お釈迦さまでも(以下略)。とりあえずやってみようか、良い話だし、というノリ。ここにフランスの「軽薄短小」の良い面が現れている。
ちなみに日本だったら……先例の探索、関係省庁の根回し、さらにはアメリカさんのご機嫌伺い、と、ダラダラと時間だけがすぎてくような気がしてならない。
【3】
ところでこのATTAC、日本にも支部があるので、興味のある読者諸賢はウェブ・サイトを覗かれたし。ただし、盛上がってるかっていうと、うーむ。
ちなみに、本家本元のフランスのATTACであるが、数年来指導部の内紛が続き、昨年は執行部選挙の組織的不正が露呈して大騒ぎとなった。設立からほぼ10年、いまや、かつて親しい関係にあった『ル・モンド』にさえ「危機」と評されるような始末である。アイデア勝負で長続きしない……この辺もまた「軽薄短小」的で、じつにフランスらしいんじゃない?
でも、なにもやらないよりははるかにマシだよね、マシ。
本日のまとめ……やれば出来る
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小田中直樹の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」
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