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小田中直樹の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」

他所(特にフランス)の過去を参照しながら、日本の「現在と未来」を考えるアクチュアルな論考。

第12回 アイデア勝負・そのIV (EU)

2007年10月29日

(これまでの小田中直樹の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」はこちら

ATTACにPACSと、アルファベット表示の略語が続く「アイデア勝負」話であるが、今回は大物!! あのEUである。今日のフランス、ひろくはヨーロッパについて語るうえで、EUつまりヨーロッパ統合を避けて通ることはムリだろう。おもいっきりマジメに、EUについて考えてみたい。

【1】
思いかえすと、あれは何年前のことになるだろうか……おお、もう十年も前のことになるが、通貨危機が韓国やフィリピンを襲ったことがある。1997年、いわゆるアジア通貨危機である。これに対して日本政府が唱えたのが、アジア各国(しかし、とりわけ日本)が資金を拠出して迅速かつ国際協調的な為替介入を実現する制度、通称「アジア通貨基金」構想だった。

その2年後のこと。1999年、ヨーロッパでは共通通貨「ユーロ」が登場した。同時に欧州中央銀行が一元的に金融政策を担当することになり、金融政策の統合も実現した。やがて2002年、各国通貨からユーロへの切替が完了し、ヨーロッパ通貨統合が(参加国は一部であるとはいえ)現実のものとなった。

アジア通貨基金構想は、めずらしく日本政府が自前で考えだした国際政策だった。エライ、エライ。ただしこの構想は、つまりは外国為替政策の統合にとどまるものであり、通貨そのものの統合と比べてさほど革新的なものではない。ということは、逆にいえば実現可能性が高いはずだ。

ところが、である。プレゼンスの低下を恐れるアメリカやIMFと、そして日本の台頭を好ましく思わない中国の反対で、構想は頓挫してしまった。

まったくもってアジア通貨基金構想反対者たちのケツの穴の小ささも問題だよなあ、おいおい……と、それから十年もたって不肖小田中は思う。ただし、それと同時に、なんで日本はこんなにきらわれなきゃならないのか、首をかしげる。これは、つまり、ぼくらの側にもなにか問題はないか、ということだ。

【2】
ユーロの導入、共通外交安全保障政策、あるいはシェンゲン協定(域内の人口移動の自由化)などなど、ヨーロッパ統合はそれなりに進んできた。しかし、その歴史をかえりみれば、統合は、さまざまな動機や思惑を背景に、ジグザグなコースをたどりながら進んできたことがわかる。

そもそもなぜ統合なのか、それが問題だ。たしかに、平和で単一のヨーロッパを実現したいという理想主義は、以前からあった。しかし、それ以外にも、たとえば、第二次世界大戦の焼け跡から復興するためには、各国が協調して諸政策を進めなければならなかった。東ヨーロッパに浸透&進出してきた社会主義とソ連に対抗するべく、西側(なつかしいフレーズだ)諸国が団結する必要もあった。2度の世界大戦をひきおこしたドイツにおいて、三たび軍国主義が鎌首をもたげるのを阻止するべく、この国を多国的相互依存関係のネットワークのなかに位置づけんとする意向もあった。あるいは、あまり知られていないことかもしれないが、いまや世界一の経済大国となったアメリカに対抗するには、ヨーロッパ企業にとって巨大な国内市場が必要である、という「大市場の理論」もあった。つまり、色々な理由があったのである。

そして、これら理由は、時代によって、前面に出たかと思えば後景に退き、相対立したかと思えば協調しあいながら、ヨーロッパ統合の方向を決定づけてきた。

ただし、いずれにせよ、大切なことがある。それは「信頼」がすべての前提であり、したがって統合を予定する諸国間の信頼醸成措置が統合実現のカギを握っている、ということだ。アジア通貨基金とかいって(アメリカさんやIMFはアジアじゃないから良いとして)域内某国から反発を食らっているようでは、外国為替政策の統合すらむずかしい。んじゃどうすればよいか、それが政治家さんの頭の使いどころじゃありませんか。

【3】
ただし、ここのところ、ヨーロッパ統合は足踏みをよぎなくされてきた。そう、数年前のことになるが、ヨーロッパ憲法案に対して、オランダと、そしてフランスが「ノー」といったからである(それにしても、憲法案を作成した協議会を率いていたのは元フランス大統領ヴァレリ・ジスカールデスタンだから、なんか「マッチポンプ」って感じもするが)。ほーら、みたことか、ヨーロッパだってうまく行ってるばかりじゃないじゃん、という声が聞こえそうである。

さて、先日、在日フランス大使館のクリストフ・プノ公使が、仙台で、ヨーロッパ統合の過去・現状・展望に関する講演会を開いた。統合の展望については、あまりスッキリした答えは得られなかったが、講演からぼくが受けた印象は、いま現在のヨーロッパ統合システムつまりEUですら、すでにとても実験的で冒険的なものであり、その意味でアイデア勝負的な色彩を帯びている、ということだった。

たとえば経済政策。現在、金融政策は(前述したとおり)欧州中央銀行が、財政政策は各国政府が、おのおの担っている。それでは両者のコーディネーションは必要か。可能か。必要であり、可能であるとすれば、いかになされるべきか。

たとえば外交・安全保障政策。EU加盟国以外も参加しているNATOと、フランスとドイツがつくった仏独旅団と、加盟各国の軍隊、あるいは各国の外務大臣とヨーロッパ外交上級代表、これらのあいだで権限はいかに配分されているか。いかに配分されるべきか。

こういった難問への対応が、理屈と利害と状況が複雑に絡みあうなかで、進められている。熟慮の一手もあれば、場当たり的な対応もあるだろう。失敗することもあれば、成功することもあるだろう。それでも、とにもかくにも、これらが一種の実験であり冒険であることは明らかである。そして、実験や冒険というのは、それだけでオッケー。だって、やるのも面白いし、みるのも面白いんだから。

本日のまとめ……だから、いいんだって、アイデア勝負で

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プロフィール

1963年生まれ。東北大学大学院経済学研究科教授。専攻は社会経済史。著書に『ライブ・経済学の歴史』『歴史学ってなんだ?』『フランス7つの謎』『日本の個人主義』『世界史の教室から』などがある。

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